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窮境

 開く喉の奥に渦を巻くように炎が出現し、それが今にも撃ち出されようとしていた。

 ドラゴンの口の端から、チロチロと燃えさかる炎があふれ始めている。

 その場にいる誰もが息を飲んだ、その直後――。


「させるかっ!!」


 真横から走り込んできたイタルが、ドラゴンの頭の下に身体を滑り込ませた。その身には〈狼牙族〉の秘められた力を開放した証として、狼の耳と毛に包まれた太い尾が発現している。

 そして身体中の全パワーを拳に込めるように、屈んだ姿勢から一気に伸び上がり、ドラゴンの下顎を突き上げる。

「〈タイガーエコーフィストッ〉!」


 ドラゴンは炎を含ませたまま、開いた口を、押しつぶされるようにひしゃげ、そのまま首を大きく仰け反らした。

 わずかな間をおいて頭部に衝撃波が伝わり、吐きかけた炎が、くすぶりながら天井へと打ち出された。


「〈エアリアルレイブ〉!」

 イタルは追い打ちをかけるように空中に飛び上がり、連続して拳を叩き込んだ。


「〈ライトニング・ストレート〉!」

 最後はダメ押しとばかりに、雷槌をまとった拳を渾身の力を込めて打ち放った。

 死角からの不意をつく攻撃と雷撃の影響か、ドラゴンは意識を飛ばしたように身体を硬直させ、首を仰け反らしたまま一瞬動きを止めた。


「イタちーん、どいてどいてーっ!」


 地に降り立ったイタルの背に叫び声が届いた。

 振り返った視線の先には、高く掲げた杖の先に、青白い光を凝結させたイチキがいた。

 即座にイタルは、つま先を弾いて横に飛び、右側へと逃れる。


「〈フロストスピアー〉!」

 イタルが身を躱すのと入れ替わりに、巨大な氷柱状の槍がドラゴンの喉元、仰け反って突き出された頭の付け根のあたりへと轟音とともに穿たれ、氷塊を飛び散らせた。たちまちドラゴンは、慟哭にも似た低い唸り声を上げ悶え苦しみ始めた。


「あそこが急所だぜっ! ガンガン攻撃を叩きこめ!」

 間一髪、仲間にブレス攻撃から救われたミナカタが叫んだ。


 ドラゴンは悶えながら首を左右に揺さぶっているが、冷気系攻撃のおかげで、今なら動きが鈍い。


「〈エレメンタルブラスト〉!」

「〈ジャッジメントレイ〉!」


 ミトシとサクヤが、イチキに負けじとあとに続く。

 たちまち、魔法の衝突による爆音があたりに響き渡る。


「〈三方御饌の神呪〉!」

 スセリが危険を顧みず、至近より〈神祇官〉の最大魔法を放つ。詠唱とともにドラゴンの足元から青白い光が立ち昇っていく。

 敵に大ダメージを与えると同時に、味方に防御障壁を施す〈神祇官〉屈指の大技だ。


 だが、さすがはダンジョンの主の名に恥じぬというべきか、急所への集中砲火でも、ドラゴンのHPを削りきることは叶わなかった。

 

 トシが追撃をかけようと飛び上がり、その首筋に剣戟を加えようとする。しかし、わずかにタイミングを逃した。あと一歩というところで、驚異的なしぶとさで魔法の一斉攻撃を凌いだドラゴンが、頭をぬっと突き出し、剣はその鼻先で弾かれた。



 咄嗟のこととはいえ、絶好の機会に決めきれなかった。その悔しさが皆の心に渦巻いていることだろう。

 ――経験不足――ひと言で済ませるのは簡単だが、それこそが、レベル差以上に、上級者との差を決定づけているのかも知れない。


 すでにHPも半分を切っているはずだが、一行の攻撃に怒りを露わにしたドラゴンは、そのダメージをものともせず、狂ったように咆哮を上げて一行を威嚇してきた。



「『イタ、さっきは助かったぜ』 〈カウンターブレイクッ〉!」

 ミナカタとイタルは、ドラゴンを挟んで対極の位置にいる。そのため、念話を使って連携を取り合っていた。

「『いや。けど、まさか剣をへし折るとはな』 ふんっ!」

「『ああ、あれな。牛ヤロウとのバトルのせいでガタきてたんだろ。ミスったぜ』 とりゃっ!」

 ミナカタはドラゴンによって折られた剣を放棄し、予備の剣を取り出していた。

「『そうだったのか。それはともかく――』 〈シャドーレスキック〉はっ!」


 戦場は混戦状態となっていた。

 もはや〈戦士職〉の挑発スキルも用をなさぬほど、ドラゴンは猛り狂っている。

 立て続けの魔法攻撃により手負いとなったドラゴンは、一行に吼え立てながら、なりふり構わず、手当たり次第に攻撃を加えていた。先の攻撃で倒しきれなかった以上、その反撃は当然の代償であった。

 前線組が、急所である頭の付け根に必殺の攻撃を与えようとするが、近づく度に尾や首のひと振りに弾かれ、なかなか決定打を決められない。無理をして踏み込めば、すぐさま防御障壁を砕かれてはHPを削られる。加えて、あの強烈な炎のブレスも警戒せねばならない。

 魔法攻撃部隊のイチキやミトシは必死に魔法の援護を続け、回復部隊のサクヤとスセリはヒーリングと攻撃遮断に力を注いだ。

 だが、このままではいずれMPは枯渇し、そうなればドラゴン討伐は絶望的となるだろう。


 「『くっ、この攻撃、めちゃくちゃだぞ』 〈ターニングスワロー〉!」

 「『ああ。やつも傷を負って相当焦ってるってこったろ』 っつ、〈シールドスマッシュ〉!」

 『あと一回、なんとかチャンスをつくらないと、このままじゃ……』

 ふたりは攻撃をいなすスキルを駆使しながら、反撃の糸口を探り続けた。


 一行はジリジリと後退させられ、いつしか、広間の中央付近へと押し戻されていた。



 一方、イタルやミナカタとは別に、もうひとり、起死回生の機会を(うかが)っている者がいた。

 〈召喚術師〉ミトシだった。

 〈召喚術師〉には、意のままに動かせる多種多様な従者がいる。

 高位の術者ともなれば、今、目の前で暴れているドラゴンなど、足元にもおよばぬほどの召喚獣と契約している者もいる。

 しかし、やっと中級に手が届くかというミトシにとって、この巨大な敵に対抗しうる手札は限られている。しかも、それが果たして相手に通用するのかという迷いもあった。

 だが、戦況には一刻の猶予も残されていない。


「……悩んでる場合じゃない。このままじゃみんなやられちゃう……よしっ」

 ミトシは決心を固めると、前線近くに駆け寄り、そして声を張り上げる。

「でっかい召喚獣呼ぶよっ、みんな場所開けてー! 〈従者召喚・ゴーレム〉!」


 差し出す杖の先に光が宿る。やがてその光はみるみる巨大化し、人型の物体へと姿を変えた。

 その威容に圧倒される皆の前に、岩の巨人が雄々しく姿を現した。


 空間を押し広げるように出現したゴーレムは、ドスンッと地響きをさせ、砂煙を巻き上げながら降り立った。

 その膨大な質量によって、地には地震のような衝撃が広がり、周囲にいたメンバーは跳ね上げられて、宙に浮いた。


「ゴーさん! ドラゴンを押さえつけてっ! 〈ガーディアンフィスト〉!」

 ゴーレムが実体を現すと、ミトシは即座に命令を下した。

 その円柱状の頭部のどこに口があるのかは定かではないが、ゴーレムは、ぐぉーむとくぐもった唸り声を上げると、ガッス、ガッスと地を揺らしながら、ドラゴンに向かっていった。


「ゴーさん……だと!?」

 思わずミナカタが、その、どこかで聞いたことがあるような、ないような愛称に怪訝な顔を向ける。

「そうよっ、頼れる岩石アニキ、ゴーレムのゴーさんよ!」

 文句ある? という表情で、ミトシがミナカタを見返した。


 ゴーレムはドラゴンに飛びかかると、頭部の角を両手で掴み、ドラゴンの頭を力任せに押さえ込んだ。

 ドラゴンはゴーレムを振り払おうと、頭を左右に揺さぶって悶える。しかしゴーレムは掴んだ手を離さず、じわじわと自重をかけていく。

 ゴーレムを振りきれぬと悟るや、ドラゴンは逆に身を任せるように自ら頭を下げ、鼻先を地面にめり込ませた。そしてそのまま前進し、首の反発力が最大となったところで、テコの要領で首を前方に振り上げ、ゴーレムを高く弾き飛ばした。

 その射線上にいたメンバーが慌てて飛び退る。


 砲弾のように撃ちだされたゴーレムは、地面に落下すると、轟音を響かせながら後ろ回りにゴロゴロと転がった。その衝撃で、天井からは小石がバラバラと降ってくる。

 それでも、ゴーレムはダメージをものともせずにすぐさま立ち上がり、再びドラゴンへ向かっていった。

 ゴーレムを至近に捉えると、ドラゴンは太い尾をしならせ、ゴーレムを打ち据えた。その一撃がゴーレムの脇腹に命中し、ゴーレムの身体から岩石の破片が飛び散った。

 だが、ゴーレムはその攻撃を受けきり、がっしりとドラゴンの尾を捕まえる。

 ドラゴンは苛立ち、思わずゴーレムの腕に噛みついた。両者譲らず、戦いは膠着した。


「ご、ゴーさんすげぇな」

 ミナカタは、目の前で繰り広げられる壮絶な戦いに目を奪われた。それはさながら、怪獣映画を映画館の最前列で観ているような光景だった。


「ミナカタくん! ぼうっとしてる場合じゃないわよ。ゴーさんは多分そんなに()たない。今のうちに攻撃の準備をしておかないと――」

「お、おう。そうだな」

 ミトシの言葉に、はっと我に返るミナカタ。


 膠着状態を破ったのはドラゴンだった。ドラゴンは頭の反対側に身体を大きく傾けると、ゴーレムに噛みついたまま首を引き戻し、ゴーレムを投げ飛ばした。

 剣を構えるミナカタの前に、ゴーレムが大の字に倒れ込む。


 地響きをさせながらドラゴンはゴーレムに近寄ると、その前足で、倒れこんでいるゴーレムをギリギリと踏みつけた。忌々しげにゴーレムを覗き込み、唸り声を上げる。

 直後、その横っ面にゴーレムの左フックが炸裂する。ゴーレムはドラゴンがよろけた隙に立ち上がり、またも角を掴んでドラゴンの頭を押さえ込んだ。

 再び力比べが始まるかと思われたが、ドラゴンは切り札を発動する気配をみせた。空中を漂う砂埃と一緒に、周りの空気がドラゴンの口へと流れていく。


 苛烈な攻撃の予兆に、一行が思わず飛び退る。


 ドラゴンは上目づかいでゴーレムをギロリと睨むと、その額門(あぎと)を大きく開けた。そして次の瞬間、燃えさかる炎をゴーレムの腹部めがけて吐き出した。


 ゴーレムの腹部が、熱で真っ赤に光り始めた。岩を焦がして立ち昇る煙が、まるで、ゴーレムを構成する岩を蒸発させているかのようにも見せている。


「あぁ、ゴーさんっ!」

 ミトシが泣き声混じりで叫んだ。だが、ここで召喚を解く訳にはいかない。せめてもの援護として、ウンディーネに攻撃を命じることぐらいしかできなかった。


 魔法攻撃をものともせず、ドラゴンはブレスを吐き続けた。

 ついにゴーレムは片膝をつき、身体を大きく傾けた。そして、そのまま体勢を崩し、横向きに倒れ込む。だがそれでも、ゴーレムはドラゴンの角を掴んだまま離さなかった。


「頼む、ゴーさん! もうちょっとだけ耐えてくれっ!」

 懇願するように叫ぶミナカタの眼前には、横を向いてむき出しになったドラゴンの下顎があった。

 ミナカタは盾を投げ捨てると、剣を両手で掴み、全体重を預け、その切先でドラゴンの下顎を思い切り突き刺した。

 ドラゴンの口からブレスの残り火が吹き出す。ミナカタは構わず、剣を更に深く突き刺し、上顎まで貫通させた。

 それを見届け安心したかのように、ゴーレムは角を掴んだ手を離し、倒れこんだ。


「もういいぜ。ゴーさんを休ませてやんな」


 ミトシは目を赤く腫らしながらミナカタに頷き返すと、ゴーレムの召喚を解除した。



 しかし、敵はまだ息絶えてはいなかった。

 突如、カッと目を見開くと、最後の力を振り絞るように首を起こし、剣を握るミナカタを引き回しながら、頭を左右に振り始めた。

 ミナカタは足を踏ん張り、必死にドラゴンの動きを押さえた。

「く、くそっ。このままじゃまた剣が折れちまうぜ」


「ミナカタっ、そのまま踏ん張ってろ! オレがもう一度突き上げるっ! みんなは最強スキルの用意を! これで決めるぞ!!」

 ミナカタがドラゴンと格闘している横から、イタルが叫びながら走り込んできていた。


「イタ! オレを使え!」

 そう言ってミナカタは、膝を大きく前へ突き出した。

 イタルはミナカタの足にガッと足を掛けると、伸び上がって拳を高く突き上げる。

「〈エアリアルレイブ〉!」


 拳はドラゴンの口先近くに命中した。ドラゴンは首をくの字に曲げ、その鼻先を天井に向けて仰け反った。その拍子に、突き刺さっていたミナカタの剣は抜け、その剣身に血が滴った。

 イタルは空中に留まりながら、反対の拳で更に追撃をかける。

「〈タイガーエコーフィスト〉!」

 衝撃波が頭蓋に広がり、ドラゴンは意識を朦朧とさせた。


 そのドラゴンの左横から、立て続けにトシが攻撃を加える。飛ぶように走るトシの身体に、狼の耳と太い尾が発現している。トシもまた、野生をその身に秘めた〈狼牙族〉であった。

「〈アサシネイト〉!」

 斬り上げる〈暗殺者〉の必殺技が、落ちてきたドラゴンの喉元に大きな傷を穿ち、剣戟の反動で、その首を再び空中に漂わせた。


「〈ダンスマカブル〉!」

 技名を叫びながら右斜めから走りこんできたのはイワサカだった。ドラゴンの手前で、その首を飛び越さんばかりの跳躍を決めたかと思うと、放物線を描きながら、その喉元へ二筋の銀影を叩き込んだ。


 〈武器攻撃職〉の最大与ダメージを誇る剣技を急所に受けて、ドラゴンがもはや息も絶え絶えなのは、誰がみても明らかだった。だが、まだその存在を留めている。ここで確実に止めを刺さなければ、もう次の機会はないだろう。追い打ちをかけるように、左右に散開した魔法部隊が一斉に術を放つ。

 魔力を最大限まで強化されたイチキの魔法を筆頭に、それぞれがもつ最大威力の攻撃がドラゴンめがけ襲いかかった。


 様々な属性の魔法が入り乱れ、その爆発による噴煙がたちまちドラゴンの頭部を覆い隠した。ドラゴンは凍りついたようにその動きを止めている。すでに事切れたのか、それとも、この期に及んでもなお、反撃のために力を溜めているのか……。


 やがて――。


「グルルルルルッ」


 断末魔の叫びにしてはか細い唸り声を上げると、ドラゴンの巨躯がどうと崩れ落ちた。遅れて、長い首が地面に打ちつけられる。もはやその身体はぴくりとも動かない。見開いた目は次第に光を失っていき、そして静かに瞼を閉じた。



「……やったか」

「やったろ……」

「やったっしょ」


 地に横たわる巨体を、一行が息を潜めるようにしてじっと見つめていると、徐々にその身体が緑色に輝き始めた。そしてその光が極大にまで光り輝くと、次の瞬間、破裂するように無数の光の欠片を天高く吹き上げ、消滅した。



 皆は大声で歓声を上げた。戦いの疲れも忘れ、飛び跳ねるようにして喜びを分かち合った。

 今、ようやく、長く苦しかった戦いに終止符が打たれ、それは同時に、この旅の目的がついに果たされようとしていることも意味していた。

 口々にお互いの健闘を讃え合い、笑顔のこぼれる顔を見合わせ、一行がいよいよ財宝のありかに足を向けようとしたその時――。



 後方で何かを引き摺るような音がしたかと思うと、ガゴンッと、途轍もない衝撃音が響いた。


「ひっ、な、何!?」

 その音に驚いてミトシが飛び上がった。皆も音のした方向へ一斉に顔を向けた。


「うにゅ!? と、扉が……閉まってるにゃ」

「おいおい、そんなん聞いてねぇぞ。ドラゴン倒して終わりじゃねぇのか? それとも、まだ敵がいるってのかよ」


 思いもよらぬ事態に皆が一様にどよめき立っていると、壁に灯されていた明かりが、風にあおられたようにふっと一斉に掻き消えた。

 一瞬にしてあたりが闇に包まれる。

 直後、入れ替わるように、今度は不気味な青い炎が燭台に灯り始めた。同時に、広間の奥の方からすうっと冷たい風が、地を這うように吹きかかってきた。

 不安に駆られながらも、皆は風が吹いてくる方向に顔を向けた。


「なんだよ、こりゃ? これから怪談話でも始めようってのかい」


 イワサカの言いようもあながち外れとはいえなかった。一行が見つめる、冷気が吹きつけてくる先に、何かがぼうっと浮かび上がってくるのが見えた。


「あ……あれ何? なんだか幽霊みたいな――。うそ……なんで……」

 その「何か」の姿に目を止めた途端、ミトシは蒼白となって、顔を引きつらせた。


 それは全部で八体いた。その姿は、システムに規定されたモンスターの類では有り得なかった。なぜならその一体一体が、今、目の前で対峙する〈ミッドナイト・オウル〉のメンバーひとりひとりに酷似した姿だったからである。


「な、なんでオレ達があそこに? いや、でも、あれじゃまるで……生霊……」

 その信じがたい光景に、イタルは目を見張った。


 その者達は、背格好、顔立ち、装備に至るまで、メンバーそれぞれによく似た姿で立っていた。ただしそれは、外見がよく似ているというだけで、中身は全く異質なものだった。身体全体が朧で半透明に近く、顔は血の気を失ったように青白かった。また、眼窩に眼球は存在せず、代わりに、その奥に虚無が広がっているかのような、黒々とした空洞が口を開けていた。


 生霊のごとき者達は、青い炎に照らされた空間の中心に逆三角形の隊列で、身体をわずかに揺らすようにして、すうっと浮かび上がっていた。その並びは〈ミッドナイト・オウル〉一行が最初にスケルトンと戦った時の配置によく似ていた。しかしそれらは、ただその場に立っているだけで、襲いかかるどころか、近づいてくる気配もない。


「へっ、薄気味わりぃ連中だな。一体何がしてぇんだ。ま、どうせ新種のクエストかなんかだろうが、かかってこねぇんならこっちからいってやるぜ」

 ミナカタは剣を構えて突進しようとした。だが、スセリの叫ぶ声がそれを押し止める。

「ま、待ってミナカタ! こんなモンスターがいるなんて聞いたことない。不用意に飛びかかるのは危険だわ。一旦外に出ましょう」


「――ちっ、しょうがねぇな。わぁったよ。今、扉開けるからちょっと待ってろ」

 ミナカタはしぶしぶ踵を返すと、のっしのっしと入口に歩み寄っていった。そして扉の前に立つと、隙間に指を差し入れ、力任せに押し広げようとした。

 だが、それは頑として動かないまま、一向に開く気配がない。


「あれ、おかしいな。びくともしねぇぞ」

「体力消耗して、力が出ないんじゃないのか? オレも手伝うよ」

 イタルはそう言いながら扉に近づくと、ミナカタとともに力を加えた。

 が、やはり扉は開こうとしない。


「そんなことって――」

 スセリやミトシ、イチキも思わず扉に駆け寄り、ミナカタ達とともに、顔を真っ赤にして力を込めた。

 しかし無情にも、扉は堅く閉ざされたまま動かなかった。


「うそ……でしょ」

「もしかして、閉じ込められちゃったの? オイラ達……」

 ミトシとイチキは、訝しむように顔を見合わせた。



 ――クスクス、クスクスクス

 

 その時、かすかに笑い声のようなものが聞こえてきた。皆が驚いて後ろを振り返ると、生霊もどき達が、虚無の眼差しでじっとこちらを見つめているのが目に入った。その口の両端が吊り上がり、ニタリと笑っているように見えるのは思い過ごしではないだろう。


「なに笑ってやがんだ。ふざけやがって!」

 ミナカタは怒りに任せて、再び飛びかかろうとした。

 だがその時、何かに気付いたイタルが、もどき達を指差し、声を上げる。

「ま、待て! やつらの頭の上! 何か見えないか」

「ああん?」


 全員が一斉に生霊もどき達の、イタルが指差す部分を注視した。


 そこで初めて皆は、その頭上に、薄ぼんやりと見慣れたものが浮かんでいることに気がついた。


「ありゃぁ……ステータスタグ、かい? なんか書いてあんな。えっと、シャドー……」

 それは背景に溶けこむように朧で、かすれて読みにくくはなっていたが、その文字だけは、はっきりと読めた。

「〈シャドークラックス〉!!」

 驚愕とともに、皆が一斉に声を上げた。

「お、おい。みてみろ。真ん中の、スー姉に似てるやつの名前――」

 イタルが震える手でイワサカの肩を掴んだ。

「んん? アール、イー……!? 〈REAF〉!!」

「んだと! じゃあこいつらが、オレ達のクエストをかっさらおうとしたやつらだってぇのか!?」

「いやいや、ミッちゃん、そりゃおかしいぜ。そもそもこいつら人間にゃみえねぇぞ。何でクエスト受けられんだよ?」

「んなこと知るかよ。とにかく、こいつら全員ぶっ飛ばしゃぁ万事解決ってこったろ? なら、やるこたぁ決まってるぜ」

 そう言ってミナカタは、剣を振りかぶりながら、今度こそ生霊もどきの群れ――〈シャドークラックス〉――に突っ込んでいった。


「おりゃぁ!」

 群れの正面に立ったミナカタは、先頭に立つイタルもどきに向かって、頭上に構えた剣を思い切り振り下ろした。

 剣は見事、イタルもどきの肩口から一気に斬り抜いた。と思われたが、剣はなんの手応えもなくイタルもどきを素通りし、地面に当たって激しく弾かれた。

 イタルもどきは、ブブッとわずかにノイズを発生させて身体をぶれさせたのみで、全く無傷のまま平然と立っている。


「な!?」


 激しく動揺しながらも、ミナカタは再び剣を構え、周りにいるほかのもどき達へ手当たり次第に斬りかかっていった。

 だが、結果は同じだった。剣はことごとくすり抜け、ミナカタは勢いあまって地面に転がった。


 その時だった。もどき達は、青白く、眼球のない顔でゆっくりとミナカタを見下ろすと、突っ立った姿勢のまま、すぅっとミナカタを取り囲むように移動した。そして次の瞬間、手に持つ武器で一斉にミナカタに殴りかかってきた。

 防御障壁を安々と吹き飛ばし、生身の身体に容赦なく武器を振り下ろす。かざした盾に重い衝撃が何度も加えられた。ミナカタは顔を歪めながら盾で身を守り、なんとかその攻撃を凌ぐと、ほうほうの体で這うようにして群れのなかから抜けだした。


「な、な、なんだってんだ。こっちの攻撃は全然効かねぇのに、や、やつらの攻撃は当たんのかよ」

 ミナカタは顔面を蒼白にして目を見開いた。


「そんなバカな――」

 怖れと不審をあらわにしつつも、今度はイタルが果敢に飛び出していった。

 イタルは群れに迫ると、至近にいたトシもどきに狙いを定め、大きく拳を振りかぶった。トシもどきは、まるでその動きを読んでいたかのように振り返ってくる。イタルは構わず、走り込んだ勢いのまま思い切り振りぬく。が、やはり拳は手応えなくそれを素通りし、虚しく宙を泳いだ。

 体勢を崩して背中を向けるイタルを、トシもどきの剣が襲う。イタルは背中をザクっと斬られ、その勢いで弾き飛ばされ、うずくまった。

「うぐぐっ」


「い、イタくんっ!」

 ミトシは思わずイタルに駆け寄り、抱き起こした。

「くそっ、なんなんだ、こいつら」

 イタルは苦痛に顔をしかめて呻いた。



――クスクス、クスクス


 訳もわからず、皆が表情を強張らせていると、再び、かすかな笑い声が響き始めた。引きつった顔で笑い声のする方向に目を向ければ、そこには、歪んだ薄笑いを浮かべたもどき達が、ゆっくりと扉の方向、スセリ達がうずくまるように固まっている場所へ向かって動き出しているのが目に入った。


「ぁぁぁぁっ」

 サクヤが声にならないような叫びを上げた。恐怖で奥歯をカチカチと打ち鳴らす音が響く。

 スセリもまた、腰を抜かしたようにへたり込み、顔を硬直させて動けないでいた。

「うわぁー、来るにゃぁ!」

 イチキは涙目になりながらも、固く閉ざされた扉をめちゃくちゃに引っ掻き、ドンドンと叩いた。しかし、扉はびくとも動かない。

 その間にも、もどき達はゆっくりと、確実に近づいてきていた。

「く、来るにゃぁー!」

 堪らずイチキは手に火球をつくり出すと、もどき達に向かって投げつけた。


「ダメ! イチキ!」

 スセリはイチキを制止しようとしたが、間に合わなかった。放たれた火球はもどきの一体に命中したものの、そのまま素通りし、後ろの壁にぶつかって弾け飛んだ。

 すると今度は、イチキもどきがすっと右手を上げたかと思うと、その手の上に火球を出現させ、イチキに向かって打ち返してきた。

 火球は真っ直ぐ扉の方向に向かって飛んでくる。スセリ達は慌てて祈るような姿勢で身を屈め、固く目を閉じた。火球はその頭上を通過し、扉にぶつかって、衝撃音とともに激しく火花を散らした。

「きゃぁーっ」


 皆の恐怖は極限に達した。もはや為す術もないという現実に戦慄した。

 


「か、考えたんだけどよぉ……」

 スセリ達とはやや離れた場所で、やはり座り込んだまま、血の気が引いたような顔をしていたイワサカが、震える声で呟くように言い出した。

「このままこいつらにやられて死んじまえば、こ、こっから出て、アキバの大神殿で復活できるんじゃねぇのか?」


「そんな……」

「このまま何もしないで、死ねっていうにゃ!?」

 スセリとイチキは目を見開き、息を詰まらせてイワサカを見つめた。


「で、できる訳ないだろ、そんな自殺みたいな真似……。目の前でみんなが殺されてくのを黙って見てるなんて、そんなこと絶対――」

 ミトシに抱かれたまま動けずにいたイタルが、かすれる声で呻いた。

「け、けどよう、このままじゃ――」

「そ、それに、こんなの普通じゃないんだぞ。ここで死んで、ホントに大神殿で生き返れる保証なんてないんだ……ヘタしたらオレ達自身がこいつらみたいな――」

「じゃ、じゃあどうすりゃいいってんだよっ!」

 イワサカは、絶望にひしがれるように両手の拳で地面を叩きつけた。

 閲覧有難うございます。


 対ドラゴン戦、思っていた以上に長くなってしまいました。

 どうしても暴れさせたい御仁がいたものですから……スミマセン。


 その上また新しい敵とか――しつこい!と思っている方もいらっしゃるかもしれませんけども、次話で完結です。

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