決戦 其ノ弐
屈強な手足で巨躯をしっかと支え、完全に身体を持ち上げたドラゴンは、今や体表を覆う鱗の一枚に至るまで生気をみなぎらせている。そして芥子色をした爬虫類特有の縦長の瞳孔を鈍く光らせながら、一行を無慈悲な眼差しでギロリと見下ろした。
尾まで含め、全長で八メートルほどであろうか、大型のイリエワニよりもひと回り以上大きい。見下ろす頭の高さは、大の大人の背丈の優に二倍はある。
ドラゴンは鎌首をもたげ、のっそりと一行を見回すと、一旦、低く身を屈ませた。その直後、大きな口を開きながら、反動をつけて一気に身体を突き出し、雷鳴のごとき咆哮を上げる。
「ギィャオオオオッギィャオオオオオオン!!!」
大気がビリビリと震えた。
同時に、すさまじい圧力が、対峙する一行に波動のように襲いかかった。
気を抜けば魂まで抜かれてしまいそうな、圧倒的な敵意。皆は渾身の勇気を振り絞って、その圧力を受け止めた。だが、想像以上の威圧感に、その場で立っているのがやっとである、ともいえた。ただ、ともにいる仲間と握りしめた武器だけが支えだった。
「すごい迫力……。でもこれって、ドラゴンのなかでも小さい方……なのよね?」
ミトシは額ににじむ汗を拭おうともせず、すぐ前で皆を守るように盾を構えるミナカタに聞いた。
「――ああ、ここは中級ダンジョンだからな。ドラゴン初級編ってもんだろうよ」
「そ、そうなの……」
ドラゴンは大きな翼を最大に広げ、なおも一行を威嚇しようと睨みつける。
そこへ、呪縛を振り払うようにスセリの鋭い指示が飛ぶ。
「みんな、眺めている暇はないわよ。今のうちに態勢を整えて! 障壁も全員にかけておくわ。前衛は大丈夫?」
「スー姉、イタくんにもお願い!」
「わかったわ。それからサクヤ――」
「う、うん、わかってる〈リアクティブエリアヒール〉!」
スセリの呪文が、メンバーそれぞれに光の盾を形づくり、その後を追うように、サクヤがつくりだした光のシャワーが、メンバー全員に反応起動回復の庇護を与える。
魔法の下準備が完了すると、皆は間隔を開けた鶴翼の形で、ドラゴンを大きく取り囲むように隊列を整えた。
ドラゴンに一番近い場所の、左側には盾を前に剣を後ろ手に構えたミナカタ、右側には腰を落とし拳を向けるイタル。一歩下がり、ミナカタの隣で大剣を頭上に構え、その切っ先でドラゴンを狙うトシ、そしてイタルの側には双刀をそれぞれの手に握り、半身でドラゴンを睨むイワサカ。
魔法攻撃部隊は、その翼の中心で更に小さな翼を広げる。左翼にイチキ、右翼にミトシ、中心にはスセリ、そしてその後ろにサクヤと、それぞれが杖の先をドラゴンに向けて、戦闘開始の時を待った。
「いいか、気をつけろよ。敵はドラゴンだけじゃ――」
そのイタルの言葉を掻き消すように、再びドラゴンが吼える。
「ギヤアアアァオォォン!!」
するとその雄叫びに呼応して、ドラゴンと一行の間を遮るように、薄ぼんやりと緑色に光る物体が半円状に召喚された。
その数、四つ。
やがてその物体は、次第に、両手両足、そして長い尾を持つ何者かへと姿を変えていった。
「へっ、やっぱ出てきやがったか。ドラゴンの取り巻きどもが!」
そう毒づくミナカタに答えるかのように実体を現したそれは、全身がぬめぬめと光る鱗に覆われた、体長二メートルはあろうかという、トカゲの身体をもつ亜人間、リザードマンだった。
リザードマン達は上半身を薄い金属鎧に包み、手にはスパイクの埋め込まれた棍棒を携え、赤銅色の、やはり縦長の瞳孔をもつ目をギラつかせ、前屈みの姿勢で今にも飛びかからんと身構えている。
しばしの対峙のあと、先にリザードマン達が動いた。
のこぎりのような刃が並ぶ口をいっぱいに広げ、手に手に無骨で凶悪な棍棒を握ったリザードマン達が、ギャッギャッと不気味な叫び声を上げながらジリジリと差を詰めてくる。
「ったく、薄気味悪いったらねぇぜ。等身大のトカゲなんてよ。オラ、かかってこいよ、トカゲマン! 〈アンカーハウルッ〉!」
放射線状に前進をしていたリザードマン達は、ピタリと動きを止めると、ギラッと目を光らせて一斉に声の主に向かって飛びかかっていった。
「イワサカ、オレのあとに続いてくれ。一体づつ確実に倒していこう」
イタルが、ミナカタに向かうリザードマンを追いかけた。追従するイワサカが問いかける。
「それはいいけどよ、イタちゃん。ドラゴンは放っておいていいのか?」
「大丈夫だ。言ったろ。ドラゴンはリザードマンがいなくなるまで攻撃してこない。やっ〈ワイバーンキック〉!」
イワサカに返事を返しながら、イタルは最後尾のリザードマンに飛び蹴りを放った。キックはリザードマンの背中に見事命中し、攻撃を喰らった敵はグェッと短く呻いて倒れこんだ。
「そ、そうだったな。今はその事前情報を信じるしかねぇか」
呟きながらイワサカは、目の前に鎮座するドラゴンを横目でちらっと見た。イタルの言葉通り、ドラゴンはグルルルッと低く唸りながら戦いを傍観している。
イワサカはその様子に安堵したように小さく頷くと、起き上がってくるリザードマンに技を叩き込む。
「そりゃっ〈ヴァイパーストラッシュ〉!」
イワサカの剣撃が容赦なくリザードマンの片腕を切り刻み、血が吹き上がる。
仰け反り、動きを止めるリザードマンに、イタルの拳が炸裂する。
「〈ライトニング・ストレート〉!」
電撃を帯びた拳がリザードマンの硬い鱗を突き抜け、激しい衝撃を与える。間髪をいれず、イタルはコンボのパンチを繰り出した。
呻くリザードマンに、今度はイタルと入れ替わるようにイワサカが追撃を加える。
喉元に突きを一撃。続けざま、クロスに構えた双刀で必殺の連撃。
「〈デュアルベッ〉!」
三日月刀を振り下ろし、ふぅっと息を吐くイワサカの目の前で、リザードマンはガクリと膝を折り、空中に溶けこむように弾けて消えた。
「おっし、まずは一匹!」
ラストアタックを決め悦に入るイワサカだったが、その代償に、残るリザードマン達の敵意が集中する。怒りに目をギラつかせ、その手に握る棍棒を振り回しながら、残る三体の敵がイワサカに殺到してきた。
イタルとミナカタ、二人の〈戦士職〉が慌てて両側から飛び込み、今まさにイワサカに飛びかからんとする二体の攻撃をがっちりと受け止めた。防御障壁がミシミシと音を上げるが、辛うじてその動きを止めることに成功した。
だが、まだ一体が残っている。
残るリザードマンは、棍棒を振り上げながら突進してきた。イワサカはバックステップを踏みながら攻撃を受け流して応戦し、隙をみては鋭い突きを叩き込む。しかし、リザードマンは攻撃の手を休めず、畳みかけるように武器を振り下ろしてくる。
「オイラ達も攻撃したほうがいいかにゃ?」
出番を待ちきれぬようにウズウズしていたイチキが、杖を振りかぶりながらスセリに問うた。
「いえ、今はまだ男子に任せておいていいわ。私達はドラゴン戦に備えて少しでもMPを温存しておかないと」
「了解にゃ」
女子達は油断なく杖を構えながらも、奮戦する男子達を見守った。
しかしその直後、双刀で棍棒を受け止め、つばぜり合いをしていたイワサカに、リザードマンの頭突きが炸裂した。
イワサカは不意の衝撃に体勢を崩し、地面に倒れ込んだ。ギャギャッと奇声を上げるリザードマンが、眼下に転がるイワサカに棍棒を振り上げ、今、まさに攻撃を加えようとした。
その刹那――。
音もなく、かつ鋭い動きでリザードマンの背後を取った黒い影が、囁くように技名を唱える。
「〈ステルスブレイド〉」
きらめく剣の軌跡を受け、背に致命傷を負った敵は、身をビクッと痙攣させて仰け反り、一呼吸おいて緑色の光片となって飛び散った。
「トシちゃん、グッジョブだ!」
攻撃の勢いのまま傍らに走り寄ってきたトシに、イワサカはクルッと三日月刀を逆手に持ち替えながら、親指を立ててウインクをした。
トシはやや気恥ずかしさを含んだ表情で答える。
「――いや、別に」
「おしっ、そっち終わったな。こっち手伝ってくれ!」
残るリザードマンを抑えこんでいたミナカタが二人に呼びかけた。
トシとイワサカは、それぞれミナカタ、イタルのもとへと駆け込んでいった。
ミナカタが盾でリザードマンを突き飛ばす。入れ替わりざまトシが剣戟を入れる。イタルがリザードマンに拳を連打する。イワサカが軽やかに舞いながら、蜂のように突きを繰り出す。
それはさながら、攻撃の四重奏のようだった。
やがて何度目かのコンビネーションのあと、二体の敵はほぼ時を同じくして、光をまき散らして弾け飛んだ。
「みんな、気をつけて! いよいよくるわよ!」
スセリの注意を喚起する声に、四人は勝利の感慨に浸る暇もなく飛び退り、鋭い眼差しを一行に向けるドラゴンを仰ぎ見た。
皆が固唾を呑んで見つめる前で、ドラゴンは再び身を屈め、そして吼えた。
「グラァァァアアアッグオォォォオオンッ!!!」
地の底から湧き上がるような、岩をも砕くような激しい音の振動が空間を揺らした。
その桁違いの咆哮が、ドラゴンが遂に、本気の攻撃態勢に移行したことを皆に直感させた。
空気を一変させる、さっきまでとは比べ物にならない威圧感に、対峙する全員の頬を止めどなく汗が伝う。
だが、のんびり構えている暇はない。戦いはすでに始まっているのだ。
「〈鈴音の障壁〉!」
スセリは、手を休めることなく、先の戦いで破損したであろう、前線の防御障壁を修復していった。
おそらく、ここからの戦いでは魔法部隊の合力なくしては勝利はありえない。そういう意志を視線に込めるように、スセリは周りの仲間達の顔を順番に見ていった。
イチキ、ミトシも無言で頷き返す。サクヤはスセリの狩衣の裾をぎゅっと掴んだ。スセリはそんなサクヤをちらりと一瞥した。スセリの本心を垣間見るならば――妹には〈施療神官〉本来の職能を存分に活かすべく、時には前線に躊躇なく飛び出し、戦士職の頼れる味方になって欲しい――そう願っている。
障壁の修復が完了するや、前線部隊は素早く隊列を組み直し、武器を構えた。
「おし! はなっから飛ばしていくぞっ!」
戦端はミナカタの突撃によって開かれた。
ミナカタは猛然と駆け出すと、高みにあるドラゴンの頭に向かって飛び上がり、最初の一撃を加えようとした。
「〈タウンティングブッ〉!?」
ミナカタの攻撃はドラゴンには届かなかった。ミナカタが飛び上がった瞬間、ドラゴンはずいっと頭を下げ、首を振り子のように揺らし、硬く、荒々しい鼻先でミナカタを弾き飛ばしたのだ。
「ぐあっ」
ミナカタは激しく飛ばされ、もんどり打って地面を転がった。
「ミナカタっ、大丈夫か! このっ」
今度はイタルが、ドラゴンに向かって走り込んでいった。
そして、反動で戻ってくるドラゴンの頭をひょいと飛び越えると、頭部の角を掴んでドラゴンに取り付き、脳天めがけ拳を叩き込む。
「〈ライトニング・ストレート〉!」
突き降ろす拳に帯びた電撃で、ドラゴンは脳震盪を起こしたように一瞬動きを止めた。
「今だ! トシ! イワサカ!」
ドラゴンの頭を蹴り飛ばし、空中に身を躍らせながらイタルは叫んだ。
〈暗殺者〉トシ、〈盗剣士〉イワサカは、すかさず左右から走り込み、ドラゴンの頭や首に強力な剣戟スキルで斬りかかった。
だが、硬い鱗に阻まれ、ドラゴンには傷ひとつつけられない。
その時、唸りを上げた火炎の矢が、ドラゴンめがけ飛んだ。イチキの放った〈フレアアロー〉だ。
だが、炎の矢が命中する寸前、ドラゴンがわずかに鼻先を下げた。するとその矢は、ドラゴンの鼻先から頭にかけての硬い部分で弾かれ、火傷ひとつ負わせることもできずに掻き消えた。
「うにゅ、効かないにゃ」
「イチキ、こいつに火炎属性の攻撃は通じないぞ!」
地面に降り立ち、再び身構えるイタルが叫んだ。
まるでその声に呼応するかのように、ドラゴンが短く、あざけるような唸り声を上げる。その直後、ドラゴンはぐるりと身体を横回転させると、巨大な尾を鞭のように振るって叩きつけてきた。
前線に構えるイタル達四人は、突風のように襲いかかる尾に弾かれ、激しく飛ばされた。防御障壁になんとか守られたものの、障壁はその耐久値を半減させた。
「くそっ、なんつう破壊力だ」
頭をふらつかせながら立ち上がったミナカタが、吐き捨てるように言った。
そこへスセリの指示が飛ぶ。
「みんな、一旦下がって! 態勢を整え直しましょう」
皆は大きく後退し、ドラゴンとの距離をとった。
「思った以上に硬ぇみてぇだな。さて、どうするか……」
「あいつの弱点は確か、首の下側、だったよな。何とか上を向かせないと」
「問題はそこね。だけど、今のままでは……」
ミナカタとイタル、そしてスセリは彼方で唸りを上げるドラゴンを見つめた。
ドラゴンは、その弱点を守るように身を低く屈め、長い首を地を這わせるようにして左右に揺らしている。
「と、とりあえず、目とか口とか、ほかに弱点になりそうなところから狙っていこう」
「ああ、それしかねぇな」
「ミトシとイチキは、氷結か電撃系の魔法で前線の援護をお願いね」
「わかったわ」
「了解にゃ。あ、それとイワちんとトシちんの武器をスペシャルにするにゃ〈エナジーウェポン〉!」
イチキは、イワサカとトシの武器に順に呪文をかけていった。ふたりの武器が、輝く光に包まれた。
ふたりは「おおっ」と感嘆の声を上げる。
「これは自分で属性を変えられる優れもんにゃ」
「ほぉーっ、イチキっちサンキュー」
「助かる」
「よしっ、準備は整ったな。サッちゃんもヒールよろしく。行く――!」
イタルがそう言いかけた時だった。
ドラゴンが、一行の作戦会議に業を煮やしたように咆哮を上げた。そして次の瞬間、突き出した頭を大きく左右に揺さぶりながら、ガスンッ、ガスンッと地響きを響かせ、突進してきた。
巨体に似合わぬ速さで迫るドラゴンは、あっという間に一行に肉薄した。そして、凶暴な頭を持ち上げ、首をエス字状に折り畳むと、鋭い牙がびっしりと立ち並ぶ顎門を開き、周囲の空気を吸い込み始めた。
「いけない! ブレスがっ! みんな私の周りにっ!!」
危険な攻撃の予兆をいち早く感じたスセリが、慌てて皆を自分の周囲に集めた。
直後、ドラゴンは折り畳んだ首を一気に突き出すと、巨大な口をいっぱいに開き、燃えさかる紅蓮の塊を吐き出した。
「〈四方拝〉!」
間一髪、炎が直撃する寸前に、詠唱するスセリを中心にして前後左右に防護障壁が出現し、メンバー全員を囲んだ。灼熱の炎が障壁に行く手を阻まれ渦を巻く。炎の勢いに障壁がギシギシと震え、取り囲む猛火が障壁内部の温度を急上昇させる。
「こ、こんなもんまともに喰らってたら、命がいくつあっても足んねぇな」
額の汗を拭いながら、ミナカタは、半透明の壁の外側を生き物のように這いまわる炎に目を見張った。
「今回はなんとか防げそうだけども、残念ながら、この術はもう使えないわ。あとは個々の障壁で凌いでいくしかーー」
焦燥を露わにしながら、スセリもまた額に汗をにじませ、再び前線組の障壁を修復していった。
「こんだけの術だ。再使用時間が長げぇのはしかたねぇだろ。だが、今のでブレスのタイミングはバッチリ掴んだぜ。次は止めてみせらぁ」
そう言ってミナカタは、スセリに不敵な笑いを見せた。
炎の攻撃は更に数秒間続いた。耐久値をかなり減らしたものの、障壁は辛うじて攻撃を凌ぎ切った。
だが、ドラゴンの攻撃はこれだけでは終わらなかった。
ブレスを吐き終わったドラゴンは、今度は自ら障壁を破壊しようと、首をしならせ、硬い頭部をぶつけてきた。
バシリッ、バシリッと薄氷を割るような音が響き、障壁にヒビが入り始める。
やがて、耐久力を完全に失ったそれは、パリンッと甲高い音を鳴らし、粉々に砕け散った。
「散開しろ! 突っ込んでくるぞっ!」
イタルの叫ぶ声に、皆は慌てて飛び退り、ドラゴンの突進を躱した。
そして、そのままドラゴンを囲むように距離を置いた。
だが、それ以上近づこうにも、前線組は尾の攻撃を警戒してか、なかなか間合いに入れない。
魔法部隊も、ドラゴンの突進力を目の当たりにしたせいか、大掛かりな魔法を唱えるのを躊躇している。
「広間の真ん中は不利だ。オレが囮になってこいつを壁際に連れて行く! 〈タウンティングシャウト〉!」
「おう、オレも手伝うぜ! 〈タウンティングブロー〉!」
イタルとミナカタは揃って挑発技を繰り出し、巧みにドラゴンを広間の端へと誘導していった。
残るメンバーは、慎重に距離を保ちながら、じわりじわりとドラゴンの後ろをついていく。
イタルとミナカタは執拗に挑発を繰り返し、また、時には攻撃を加えながら、ドラゴンを隅へ隅へと引き連れていった。
ドラゴンはズウン、ズウンと足音を響かせて、猛るように咆哮を上げながらふたりの後を追いかけていく。
やがてドラゴンともども壁際に辿り着くと、ふたりはすかさず反対側に回りこみ、壁に向き合うポジションをとった。
その動きにつられてドラゴンもぐるりを向きを変え、頭を広間の中央側へと向けた。
ドラゴンは低く唸り声を上げながら、血走った目をギラつかせ、イタルとミナカタを睨みつけている。
「ドラゴンの注意はオレ達が引きつける。みんなは隙をみて攻撃してくれっ!」
追いついてきた仲間に向かってイタルが叫んだ。
「おうよ、任しとけ!」
ほおおっと気勢を上げたイワサカが先ず斬りかかった。
「〈クイックアサルト〉!」
ドラゴンの目を狙い、鋭い突きを入れる。
だが、ドラゴンはわずかに頭を傾け、頭突きをするようにしてその攻撃を退けた。
「ならばこれで! 〈デュアルベッ〉!」
電撃をまとわせた攻撃でドラゴンの頬を斬り裂く。その攻撃は今度こそドラゴンを捉え、その頬に二筋の切り傷を残した。
しかし、ドラゴンはわずかに動きを止めたのみで、次の瞬間には口を大きく開けて、噛み付き攻撃を仕掛けてくる。
「くっ」イワサカは短く呻いて、紙一重でその攻撃を躱した。
続けてトシがドラゴンの肩口にスキルを叩き込む。
「ふんっ〈エクスターミネイション〉!」
必殺の剣戟と氷結の追加効果で、ドラゴンの表皮に霜柱が走る。
が、ドラゴンはさほどダメージを負っていない。
「〈フロストスピアー〉!」
「〈エレメンタルブラスト〉!」
続けざまに、イチキが巨大な氷柱の攻撃を、ミトシが召喚獣ウンディーネによる氷結魔法を放った。
ふたつの冷気の塊はドラゴンの背に見事命中した。だが、多少動きを鈍らせたものの、やはりさしたるダメージを負わせることは叶わなかった。
「ちっ、やっぱ急所に攻撃を入れにゃ埒あかねぇか」
ミナカタがひとりごちる間にも、ドラゴンは向きを変え、攻撃の主に向かって突進しようとしている。
「しょうがねぇな。これでどうだ! 〈ドラッグインテリトリー〉!」
叫びながら、ミナカタは盾を構え、突撃の姿勢をみせる。するとドラゴンは、反射的に首をひねり、大きく顎門を開いてミナカタに噛みつかんとした。
「っし!」と鋭く息を吐きながら、ミナカタはその機を逃さず、ドラゴンの口に深々と剣を突き入れた。
だが、剣はドラゴンの喉へは届かなかった。
剣が突き入れられた瞬間、ドラゴンはがっちりと口を閉じ、剣を根本から咥え込んだ。
「くそっ、このやろ、離しやがれ!」
ミナカタは、ドラゴンから剣を引き抜こうとした。だが、万力で固定されたかのように頑として動かない。
「ミナカタっ!」
仲間の窮地を救うべく駆け寄ってきたイタルが、ドラゴンの横っ面に拳を入れようとした。
その時――。
パキンッと、硬質な音を響かせ、ミナカタの剣が根本からへし折られた。
「や、やべぇ」
ドラゴンは口に含んだ剣の破片をぺっと吐き捨てると、丸腰になったミナカタへ突進してきた。
ガッとひとつ突き。更にもうひと突き――。
弄ぶように頭突きを繰り返すドラゴンによって、ミナカタは何度も地べたを転がった。その屈辱的な攻撃に、ミナカタは苦渋の表情を浮かべている。
魔法攻撃部隊は、何とかドラゴンの気を逸そうと魔法を投げ続けた。
その甲斐あってか、ミナカタは盾を支えにしながら、どうにかドラゴンの突進の間隙を縫って立ち上がった。そして鉄壁の防御を誇るスキルを発動する。
「〈キャッスル・オブ・ストーン〉!」
盾を構え、ドラゴンの眼前に立ちはだかるミナカタの身体を、大理石に似た光沢のある、光の膜が包んだ。同時に、ミナカタの身体は根が生えたようにその場に固定され、ドラゴンのいかなる攻撃をも遮断した。
ドラゴンはそれでもなお、攻撃の手を休めず、突進や噛みつきを繰り返した。だが、どんな攻撃も効果がないと知るや、苛立つようにひと声吼えると、首を折り曲げ、空気を吸い込み始めた。
「ミッちゃん、やばいぞ! ブレスがくる!」
イワサカが悲鳴にも似た叫びを上げた。
「おめぇらはあっち行ってろ。巻き添えを喰うぞ」
ミナカタは覚悟を決めたような落ち着いた声で、皆に退避を促した。
「だ、だけど!」
スセリは悲痛な声を上げて駆け寄ろうとする。
完全防御スキルの効果が続くうちは耐えられても、その効果が途切れた途端、地獄の業火のごとき炎がミナカタを襲うだろう。その時、防御障壁やミナカタの身体がどこまで耐えられうるかは未知数だ。
だが、ミナカタの言葉がスセリを押し止める。
「心配すんな。耐えてみせる。いいから離れてろ」
「わ、わかったわ。じゃあせめてこれを。〈石凝の鏡〉!」
スセリは防御力を飛躍的に高める魔法をミナカタへ唱え、いつでも救援に駆けつけられるぎりぎりの位置にまで後退した。
直後、ついに息を吸い終えたドラゴンの首が、標的をミナカタひとりに絞るように真っ直ぐ振り下ろされ、その地獄の門のような禍々しい顎門が開かれた。