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屋台、動揺する二人

(ふぅむ。どうしたもんかね)


 老人はチビチビと水をすする少女を見て、首をひねった。


 少女はよほど喉が渇いていたのか、最初の水は普通に飲み干したのだが、空になったコップにおかわりを注ぐと、何か物言いた気に老人とコップに何度となく視線をやっている。


「お客さん、何か失礼でもいたしやしたか」


 流石に気になり、老人は少女に声をかけた。


「あ、いえ、むしろこちらの方が失礼、というか…」


 口元をひきつらせながら、少女―マリー・カルタスは歯切れ悪く答えた。


 それも当然だろう。


 見るからに高価そうなガラスの器にま街中で手に入れるには大枚を叩かなければならないだろうキレイな水をタダで差し出す店。


 そんな事ができるのは他の商品で金銭面をカバーしきれるからだと、つい先ほど気付いたのだから。


 つまり、


(レミアさんがたべまくってる串焼きのお代金どうしよう!?)


 と、いうことに頭を抱えていたのだった。


 異常な事態に頭が回っていなかっのだ。


 と、マリーは心の中で弁明した。


 無論、なんの意味も無いことはイヤというほど理解していたけれど。


 いつもの露店の大トカゲの串焼きは高くても銅貨数枚。


 それなら、いくらレミアが大食いでも払える額であった。

 よしんば、財布の中身が足りなくとも、ローブにもしやのとき―迷宮内で回復薬や大事な消耗品を切らしたときに他の冒険者からふっかけられた等―の為に虎の子の銀貨を縫い付けてある。それを使えば。


 マリーは、そう考えていた。


 しかし、彼女が飲み干した水は彼女達が依頼を受け、馬車で2日がかりかけ、汲みにいった森の深部にある源泉の水と同じ位、いや口当たりの良さからすれば、それ以上の味だった。


 ちなみに依頼では成人男性が入れるほどの樽一杯で銀貨十枚。それを依頼人はコップ一杯、銀貨一枚で売っていた。


 マリーはそんな水をタダで提供する店の料理が、例え串焼きでもどれほどの値段がするのか、考えようとした途端、目の前が真っ暗になるのを感じた。


 マリーも歴戦、とはまだ言えないもののそこそこ修羅場をくぐり抜けてきている冒険者だったが、それでも今より絶望的なものは無い、と、そこまで感じていた。


 老人は目の前の若い女性客の顔色が青ざめていくのを見て、いささか焦っていた。


 もしかしたら、目の前で焼き鳥をたべまくってる二人のお客さんが、実は肉を食べるのを禁じられる宗教の一員ではなかったのか、と、改めて思ったからであった。


 無論、老人はお客さんに戒律の事も確認していた。


 しかし、どう考えても二人とも日本に慣れているようには見えない。


 自分が確認したのは日本語によってである。だとすれば、お客さんが聞き間違いをして、本来食べてはいけない物を口にしている可能性は大いにありえる。


 今、顔色を青ざめさせているお客さんの服装も頭からすっぽりずた袋のようなものを被っていて、老人からすれば宗教的な意味合いを感じさせていた。


(ど、どうしたもんだか!?)


 老人は料理店を営んでいたときに、様々な宗教の戒律を学んでいた。


 何故なら、そこら辺が緩い今の日本の一般人と違い、世界では戒律に反すれば命に関わることが極普通にあるからだ。


 自分の出した料理のせいで、お客さんに嫌な思いをして欲しく無いため、老人は勉強を欠かさなかった。


 鶏肉は多くの宗教で禁忌とされてはいない。


 それもあって、ケンカの仲裁の料理として焼き鳥を選んだが、肉食自体が戒律に引っかかる宗教も存在する。


 身近な所では、仏教。


 仏教では厳密にいえば、『生臭物』として肉食を禁じているのだ。


 老人もマリーと同じく内心で頭を抱えていた。


 そんな実は何も問題の無い事で頭を悩ます二人の内、先に動いたのはマリーだった。


「あ、あの、すいません。店主、様?」


 マリーは老人へ呼びかける時、『様』をつけたのは身分の差を気にしたからだった。


 マリーからすれば、こんな高価な水を用意出来るのは、金銭的に余裕がある貴族か、貴族に商品を提供できる大商人しか思いつかず、そのどちらであっても平民上がりの冒険者である自分が対等な口調で声を掛けるわけにはいかない存在である。


「へっ? なんでしょう?」


 つい焦りで老人も一瞬、言葉が詰まった。


 自分の考えている以上に自分が動揺している事に気付き、なんとか動揺を抑えつけ、老人は平静を保とうとした。


「じ、実は、私の仲間が散々食べた後に言うのも、どうかと思うんですが…」


 オドオドとつっかえつっかえ言ってくるお客さんに、老人も服の下に冷や汗が流れるのを感じ、ゴクリと小さく唾を飲んだ。


「すいませんっ。お金足りないかも知れないんですっ!!」


 カウンターに頭をぶつけかねないほど勢いよく頭を下げるお客さんに、老人は安堵で崩れ落ちそうな足元を支えるのが精一杯だった。



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