屋台、初めてのやけとり
暖簾をくぐったと言っても、体が大きいので中腰で覗き込んでくる形になる。
「いらっしゃい! すぐに焼けますんで、よろしかったらそっちの長いすに腰掛けて、少々お待ちいただけますか?」
と、言った老人はここで初めて自分の失策に気付いた。
(いけねぇ、日本語は通じるのかね。このお客さんに)
肌の色は化粧だろうとあたりはつくが、顔立ちはどうにも日本人のそれではない。
(まぁ、化粧やら何やらは地方地方で違うしな。前にも色んな化粧したお客さんが来たことあるしな)
老人が片言でしゃべれる外国語のどれで話し掛けるか、しばし迷った間に、大きなお客さんは暖簾の下に出しておいた長いすの上に体を縮こめるようにして座った。
どうやら言葉は通じるらしい。
ホッ、と胸をなで下ろした老人はいくつか聞かねばならない質問をしようとしたが、先にお客さんの片言の日本語による質問の方が早かった。
「…これ、なにか?」
老人の手元を覗きながら大きなお客さんは訪ねた。
「へえ。この料理は『焼き鳥』でさ」
なるほど、焼き鳥は初めてか、と納得しながら老人は答える。
「料理? やけとり?」
首を傾げる大きなお客さんに、手を顔の前で振りながら、
「いえいえ、や・き・と・り、でさぁ。小さく切った鶏肉をタレつけたり、塩ふったりして焼いた料理でしてね」
??と、疑問符を浮かべながら首を傾げるお客さんに、老人は料理をお出しする前に聞くべきことを質問してみる。
「お食べいただければ、お分かりいただけるかも知れやせんが、そん前にお客さん。食べちゃなんねぇ物ってなぁ、おありですかねぇ」
本当なら、戒律やらアレルギーやらと、細かく質問するべきなのだが鶏や料理といったうまく通じない日本語がある以上、できるだけ簡易な言葉で聞く事にした老人に、大きなお客さんは眉をひそめて、
「石、金属、ムリ」
と、答え、やきとり、石、金属なのか? と、逆に質問を返してきた。
「いえいえ、大丈夫です。普通に食べられるもんですよ」
どうやら鶏肉がアレルギーや、戒律に引っかかる事はないらしい、と確認出来ると、老人は焼きあがった塩焼き鳥と、タレ焼き鳥を二本づつ皿に並べて、お客さんの前に出した。
「お待たせしやした。焼き鳥でさぁ。白いのが、塩。茶色の方がタレになりやす。焼きたてで熱いんで、お気をつけて、召し上がってくだせぇ」
まるで子供に注意するようだが、国によっては熱い食べ物を食べなれていない人がいるのを、老人は知っていた。
「それに串で口ん中刺さないよう、串は横、んで、肉を歯で挟むようにして、串を抜いてから召し上がってくだせぇ」
と、続け、何も刺していない串で食べる真似をして見せる。
大きなお客さんは、ふむ、と頷くと塩焼き鳥の串を構え、焼き鳥に喰らいつくと、一気に串を引き抜いた。
「むっ……ぅん!?」
目をつむり、焼き鳥を味わっていた、お客さんの目が大きく見開かれた。
「ど、どうされやした? やっぱり熱かったりしやしたか」
突然の大きなリアクションに老人も少し慌てたのか、お客さんに尋ねる。
「……まい」
「…へ?」
小さな声に老人が聞き返そうとしたとき、お客さんは屋台のカウンターに手を付き、身を乗り出して叫んだ。
「うまい! もっとくれ!」