屋台、迷宮内でも通常営業
「どうやら、うまくいったみたいだなぁ」
一口大に切り分けた鶏肉を串に刺しながら、老人はイタズラが成功した子供のような笑みをうかべた。
老人がケンカしている奴らを見て思った、料理人としての第一印象は、
『腹ぁ、空かしてんな』
…だった。
剣を持ってる金髪と、紫色の肌の大男は特にハラペコのようだった。
腹を減らして、ケンカっぱやくなっている若い連中に、最も有効だと選択した料理。
それが『焼き鳥』だった。
網の上で焼かれ、こぼれ落ちるタレと脂が殺人的なほどに食欲を誘う香りを辺りに撒き散らす。
これを嗅げば、ハラペコどもはろくろくケンカに集中できめぇ、と、更に団扇で扇ぎ、その香りを 辺りに広げる。
それにしても、有り難ぇ代物だな。と、老人は焼き鳥の並んだ網の下にある、焼き物用のオープンコンロの上に敷いてある赤銅色をした金属製のプレートを見る。
これを作ったのは、件の常連のお客さんの一人で、店に来ると必ず数十本単位で焼き鳥を頼む剛の者 だった。
焼き鳥に並々ならぬ情熱を注ぐ彼の為、老人はいつも七輪に炭をおこし、彼はカウンターに陣取りいつもキラキラとした瞳でいまかいまかとおあずけくらった犬みたいに待っていたのを思い出し、クックッと、小さく喉の奥で笑った。
老人は焼き物には炭だ、と考えていたので、屋台では焼き鳥を出すのは難しいと思っていた。
火勢の調整、炭の後始末。屋台に馴れていない自分では炭火を使いこなすのは難しい。
不完全なモノをお客さんに出すわけにはいかないし、思わぬ事故や火事を引き起こしかねない。
しかし、焼き鳥狂の彼が持ってきた赤銅色した金属製のプレートを試してみると、意見は変わった。
彼の努力と根性の結晶である金属プレートは、業務用コンロの上に置くだけで炭火と同じような効果を発揮したのだ。
これには老人も脱帽して、彼に頭を下げるしかなかった。
大した男だ。
と、含み笑いをかみ殺していると、一番先にケンカの手を止め、フラフラとこちらに向かってきていた大男が部屋を半ばまで来ているのに気付いた。
「おっといけねぇ」
老人は客よせの為に作り置きしていた焼き鳥をプレートから皿に取ると、先ほどから用意していた作りたての焼き鳥―一般的な鶏ももの串を下味に軽く塩をふりながら、改めてプレートに並べ始めた。
屋台の焼き鳥は時間短縮の為に、あらかじめ串に刺してすぐに焼けるように準備していることが多いが、老人は焼く前に鶏肉から切り分け串を作る事にこだわった。
いくら冷蔵技術が進歩しても、万が一が怖く、小分けにして空気に触れる表面積が増え、乾いたりして味が落ちる事を懸念したからだ。
なので、事前に用意してあった串はお客さんには出さず、本来ならお客さんを 呼び込む為に匂いと煙を上げるだけにしか、使っていなかった。
少なくとも、ケンカの仲裁に使ったのは初めてだった。
もも肉の串を下焼きしながら、味付けはタレと塩どちらをメインにするか、に しばし迷ったが、両方半々ずつ用意することに決めた。
タレと塩。
これだけで焼き鳥好きのなかでは、派閥争いが起きる問題だったが、老人はそこまで盲目的にコレと決めつけず、個人的にどっちも旨いんだからそのときの気分であったほうを選べばいい。そう考えていた。
だからこそ、どちらもできる限りお客さんの好みに合わせて、最善のものを用意していた。
タレは店時代から継ぎ足し続けている秘伝のタレを、塩は手に入る範囲で最も鶏の味を引き出せる―勿論、天然塩だ。を用意していた。
そして、老人の狙い通りに焼き鳥に火がとおるころ、まずは大男が屋台の暖簾をくぐった。
老人はいつも通りに、なにも変わらず、お客さんに声を掛けた。
「いらっしゃい」