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屋台、迷宮内稼働開始

「さて、どうしたもんかね」


 老人は、目の前の光景に腕組みをしながら、首をかしげていた。


 石造りの通路を抜け、外に出られるかとおもいきや、そこは通路と同じく石造りの巨大な部屋だった。


 壁にはたいまつがズラリと並べられ、これが光源となっていたのだろう。


 「ケンカ中に下手に声をかけると、色々と面倒な事になることが多いんだが…」


 彼の目の前では、二人の女性が、一人の大男と―老人が言うところの―ケンカをしていた。


いや、それをケンカと評するのは色々無理がある。


 女性の一人が振りかぶっているのは、細身だが、確実に刃がついてて、長さも法律に引っかかること間違いなしな刃物であった。


 もう一人は剣からすれば、まだ納得できる。


先に大きな赤いビー玉のような ものをつけただけの木製らしき杖だった。


 しかし、そのビー玉から大ぶりのキャベツくらいな火の玉をだし、大男にぶつけている。


 対する大男は、岩から削りだした棍棒を振るい、壁や床を砕いていた。


 これだって並みの人間に振るえるような重さの代物ではない。


 例え、その持ち主の身長が3メートルを越えるような、巨体であっても。


 「しかし、なんだねぇ。最近の若いモンは、変わったカッコがいいのかね?」


 ケンカを続けている連中。刃物のをふるっている女性は金髪で妙に耳が長く尖っていたが、老人からすればそれ以上に服装がおかしかった。


 かなり固そうなブーツに、淡草色のぴったりしたズボンはまだしも、上半身から腰にかけては、革でできた鎧で身を覆っていた。


 杖から火の玉をだす方も、頭からずた袋のようなものをかぶり、全身を覆っていた。


 それでも、ずた袋を押し上げる胸のせいで、女性とわかったのだが。


 大男の方が身に付いいるのは、何かの毛皮でできたらしい腰蓑だけだった。


 老人からすれば、こちらのほうが、ある種の潔さを感じた。

 紫色の肌はいただけなかったが。


 老人がそんな事を考えている内に、ケンカは激しさを増していった。


 耳長な女性の刃は、紫色の大男の肌を幾重にも切り裂くが、見る間に傷口が塞がっていく。


 ずた袋の女性の火の玉も決定打にはならないらしく、大男の肌をあちこち焦がすだけだった。


 対する紫色の大男は棍棒の重みのためか直線的な攻撃しか出来ず、二人の女性に当たるどころか、かすることもなかった。

 女性達は決定打がなく、大男には確実性がない。


 「とはいえ、このまんまじゃ、死人がでかねねぇ。つうことは…」

 今更と言えば、今更な台詞とともに、老人は自分の相棒たる屋台に向き直った。


 「料理人の出番、ってことかい」


 不敵な笑みを浮かべ、老人は準備に取りかかった。




 老人の相棒たる屋台は、見た目こそ余人が想像するリアカーを改造したものに近かったが、中身はとんでもない代物だった。


  老人はもともとは知る人ぞ知る隠れた名店と呼ばれた料理店の主人だった。


 とはいえ、高級食材をふんだんに使ったり、超絶技巧を駆使したから、そう呼ばれたわけではなかった。


 無論、食材は決して悪い物ではないし、腕だってそうだ。しかし、それ以上にお客さんへのサービスが賞賛された。


 大人に大人の。子供には子供の。男性には、女性には、若人には、老人には…


 そういったサービスを突き詰めて、そのお客さんの心が欲する料理、体が欲する料理を出していった。


 常連客の一人はこう語ったことがある。曰わく「暖簾を上げ、カウンターに腰掛けた時点で主人には、もうこちらが何を頼む気かバレている」と。


 そういったこと全てがお客さんの為であったから、常に空腹感を抱えた学生には大盛に、バイトバイトの苦学生にはツケにしてやり、故郷を懐かしむ学生には郷土の味を出していた。


 そうして、その学生が社会人になり、一端の大人になっても、その恩を忘れず、度々店を訪れてきた。


 しかし、老人は十分後を任せられる腕と、自分譲りの洞察力、そして、飽くなきサービス精神を継いだ息子に店を譲る決意をした。


 老人が店を去る最後の日、多くの老人の惜しむお客さんが訪れた。


 みんな感謝の意を形で表そうと思っていたが、老人はそういったもの好まないのも知っていた為、言葉で告げるしかなかった。


 そんななか、一人が老人に尋ねた。「これからどうするのか」と。


 老人は久しく、少なくともお客さんの前では零すことのなかった、自分の願望を零した。


 「屋台でも、ひきたいねぇ」


 老人の食とサービスのこだわりは、終戦後の闇市の露店に対する憤りが原点だった。


 薄い汁、持たざるものへの傲慢。


 無論、全ての露店がそうだった訳ではないが、老人はそれを反面教師にいままで歩んできた。


 そうして積み上げてきたものを、信頼できる者に譲ったとき、その原点老人の脳裏が蘇り、零れた一言。


 それを聞き逃す常連客達ではなかった。


 それから、半月後老人の目の前に立派な屋台がお目見えした。


 恩義を感じていたお客さん、全てが持てる力と技術を集結し、電動アシスト付き、各種調理器具完備、凄まじい軽量の施された冷蔵庫等々 …


 もはや、凝縮した料理店に等しい屋台だった。


 滅多に泣き顔を見せない老人もそのときばかりは男泣きに泣き、常連客達はようやく長年の恩を少しでも恩返しできたと、親孝行をした子供のようにはしゃいでみせた。

 老人は屋台を操作し、畳んであったオーブンを展開した。


 これが技術者が最も力を入れた機能の一つで、様々な料理を作る老人のために、力を入れず煮炊きはもちろん焼き、揚げ、蒸しと様々な加熱調理に適した形に変化できる可変型調理場であった。


 老人はオーブンに火をいれ、冷蔵庫の中にしまってあったソレを取り出し、温まった網の上にならべていく。


 しばらく待ち、ひっくり返し、逆面にも火を通す。


 そして、ソレを自慢のタレにくぐらせ、さらに焼く。

 いつしか石造りの部屋の中は、ソレの匂いが立ち込めていった

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