そして、春の僕と私
外に出ると、満開の桜が見えた。
腕の中の僕を抱え直して、家路を進む。
――界が安定した。本フェイズでセッションは完了となる。ついでにおめでとう。5ヶ月だ。気づくのが遅すぎる。
旦那と別れた後、意識を取り戻したとたん、職員には怒られた。
黒い作業着を着た職員は、小難しいことをいろいろ言っていたけれど、要点をまとめたら簡単な話だった。
私が助かったのは、僕がおなかにいたから。
あの人の意識があったのは、私と一緒に『輪』を超えたから。
――偶然ではなく必然。君の旦那さんの尽力により、この『戦争』は終結を向かえたといえる。
未だにあの戦争がなんだったのかはわからない。
もっと頭のいい人なら理解できるんだろうけど。
「・・・だぁ?」
僕に笑いかける。
過去だけ見ている暇はないだろう。
「これから、大変だぞ?」
財政的な心配はなくても、精神的な圧力の心配はある。
それが、英雄の妻と息子に課せられたものだ。
英雄でなくとも、旦那が・・・彼がいた方が良かったと今でも思っているけれど。
――本来なら配給に回すのだが、『英雄』たる彼の帰る先は君のところだろう。
職員から渡された、白い乾麺。
彼の、なれの果て。
他より少し丸いそれを手に、家の扉を開ける。
あれから、白い乾麺の配給は消えた。
だから、これが、最後のひとつ。
「ただいま」
いつか、僕に、この白い乾麺の話をする日がくるだろうか。
そのとき、私は、隣のおばさんのように、泣かずに話せるだろうか。
旦那と過ごしたこの家で、私と僕は新しい生活を始める。
まだ残る違和感を抱えて。