冬の私
残酷な描写があります。前話が大丈夫なら問題ない内容かと。
少し寒いなと思って窓の外を見ると、雪が降っていた。
「これ・・・積もりそう、ね」
隣のおばさんから聞いたことがある。
おじさんは、白い日に戦争へ旅立って、帰ってこなかった、と。
「だから、私は、雪が嫌いなんだよ」
そう言っておばさんは、さみしそうに笑っていた。
あのときの私には、なぜおばさんが笑うのか、わからなかったけれど。
ガサガサ音がしたのでキッチンに行くと、旦那が段ボールから白い乾麺を出していた。
慌てて取り上げて、水を二人分入れる。
香辛料が切れて何日たっただろう。
旦那の髪や髭が白くなった頃よりは前な気がする。
「今日は、雪が積もっているし、休んだ方がいいんじゃない?」
白い乾麺を旦那の前に置きながら、問いかける。
いろいろ変わってしまったけれど、食べ方だけは変わっていない。まだ。
違うと信じたかったけれど、ほぼ確実に、旦那はあの工場に勤めている。
隣のおじさんと同じ、あの工場に。
少し、気が遠くなる。最近、とても眠い。
はっと気がつくと、旦那はジャケットを羽織って、家を出るところだった。
あわてて腰に抱きつく。
あぁ、どうして、あの人のお気に入りのジャケットは白いんだろう。
黒ければ、あの工場に誘われることなんかなかったのに。
「今日は休もう? あなた、こんなに冷たいじゃない」
旦那は何も言わず、私を引きはがしもせずに階段を下り始めた。
手を離せば、二度と旦那に会えない気がして、そのままついて行く。
ものすごく歩きにくいけど。
ゆっくりと、一歩ずつ踏みしめて、白い建物の前にたどり着く。
旦那と同じように白く変わった男の人が建物の中に入っているのが見える。
白い建物には小さく『Hadron』と書かれている。
そう、段ボールに書かれているのと同じ名前。工場ではないけれど、似たようなものだ。
少し重くなった体重をかけてとどめようとするけれど、旦那は止まらない。
私がいるにも関わらず、迷いなく建物の中に入っていってしまう。
「君、女性はこの先には行けない。離れなさい!」
声をかけてきた黒いスーツの職員をにらみつけ、引きずられるように奥に進む。
真円の『輪』。
記憶が確かなら、あれは、戦場へ向かう扉。
小学校で女子だけ集めて聞かされた、絶望の入り口。
「お願い、止まって!!」
『輪』が光り輝く。まぶしくて目を閉じる。
先生は言っていた。女である以上、この光をあびれば無事では済まないと。
先生ごめんなさい。それでも私は、旦那を・・・彼を離したくないんです。
全身が痛い。閉じた目が赤く染まる。
気が、遠くなる。
ふっ、と身体か軽くなった。おなかのあたりからゆっくりと痛みが遠のいていく。
そっと目を開けると、白く変わった男達がベルトコンベヤーに横たわり、運ばれていく。
「・・・何、これ・・・?」
吐きそうだ。胃の中がひっくり返ったようだ。
無理な転移と、ここ数ヶ月悪い体調。見たくなかった、戦場の現実。
いくつも合わさって、私の中をぐるぐる回る。
「行かないで・・・お願いだから、私を置いていかないで!」
バタバタという音がして、誰かに後ろから抱えられた。
するっと抜けて歩き始める旦那に、届かないと知っていても、声をかける。
白い人に、私たち人間の言葉は届かない。
そんなことは知ってる。
「・・・!?」
なのに。
なのに、旦那は、振り返って、まぶしそうにほほえんだ。
呆然とする私を見てうなずくと、また、ベルトコンベヤーへ向かっていく。
「どうして、どうしてあなたなのよ・・・」
職員に軽く揺さぶられる。
私の視線の先で、旦那はゆっくりとベルトコンベヤーに横たわり、運ばれていく。
直視するのも難しい、渦の中へと。
「前代未聞だな。『輪』を超えて生きている女性に、意識があるハドロン。
・・・と、おい、大丈夫か!?」
遠のく意識の中で、旦那の声が聞こえた気がした。