秋の僕
朝、起きる。着替える。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
いつもと同じ台詞。同じ朝ご飯。
配給の、白い乾麺を戻しただけの朝ご飯。
「ん、大丈夫」
いつもと同じ台詞。同じ食感。同じ空虚感。
器を置いて立ち上がる。
「ねぇ、仕事で何かあったの? 最近のあなた、まともすぎて変よ!」
靴を履く。ドアを開ける。
「なんでもない。行ってきます」
ここまで、いつもと同じ。代わり映えのしない毎日の習慣。
いつもと違うのは、叫ぶ彼女が器と靴を投げてきたこと。
それと。
彼女の名前が、ついに思い出せなくなったこと。
「だから、今、戦争中なんだよな」
彼女の姿が見えなくなってから、ぽつりとつぶやく。
キンモクセイの香りが、目にしみた。
大事なはずの記憶も、なぜ自分がアレを作り、食べ続けなければならないかも、すべて消えていく。
どうして自分が、あの場所に、工場に行かなければならないかも、その理由も忘れた。
ただ、決めたのが自分だと言うことだけは覚えている。
行くことで、誰かが喜ぶはずだと言うことも覚えている。
「本当に、僕は大丈夫で、なんでもないのかな」
仕事中につぶやいてしまったらしい。
奥から上司が飛んでくる。
「お前はまだ大丈夫だし、なんともない。俺が保証する。いいな!」
勢いに負けて頷く。
そして今日も、ベルトコンベヤーで流されてくる物体を白くなるまで叩く。
いつまでも、どこまでも。