夏の私
「仕事、決まったんだ」
その日、旦那は輝くばかりの笑顔で帰ってくると、開口一番そう言った。
興奮した様子で私の手を握り、くるくると振り回しはじめる。
「決まったんだ、決まったんだ」
同じせりふを何度も繰り返し、振り回されて、足下がふらつく。とたんに、抱き寄せられる。
「心配かけて、ごめん。」
耳元でささやかれる。そっと顔を見上げると、さっきまでとはうってかわった、真剣な表情になっている。
そして、そのあとは、いつも通り。
少し、落ち着いてから、晩ご飯を食卓に並べ始める。
旦那は、気持ち悪いぐらいにうきうきとしている。
「それで、どんな仕事?」
もそもそと、噛み切りにくい乾麺を飲み込むと、旦那は少し困った顔をした。
部屋の中に流れる沈黙は、少なくとも1分は続いて。
「・・・企業秘密だから、言えない」
旦那のあんまりな言葉に、絶句する。
でも・・・いい加減、嫌な空気になっていたから、それ以上はつっこめなかった。
「そう。なら、仕方ないわね。無理そうだったら、気にしないで辞めちゃって良いのよ?」
私の言葉を聞いて、うれしそうに旦那は微笑む。
私も、心の隅に残る不安を忘れるようにして、微笑む。
戦時中でも、私たちの世界は平和だった・・・