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白い乾麺  作者: 長岡小豆
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春の私

開いた扉からは、涼やかな風と、さわやかな桜のにおいがした。


「行ってらっしゃい」


なぜか、妙に上機嫌な様子の旦那を、玄関から見送る。

旦那は、塗装がはげて錆びついた階段を、とんとんとんっと、リズムよく降りていく。

しかも、最後は3段目から飛び降りて、ポーズまでつけている。


「ほんと、子どもなんだから・・・」


軽くため息をついて、扉を閉め、家の中へと戻る。

6畳一間にトイレと小さなキッチン。風呂場もない安アパート。

一人になると、急に、みじめになる。


「まぁ、家に住めるだけましなのよね」


この生活の始まりは、よく覚えていない。

高校の推薦で入った職場は、女を人間と思っていないような、コピー取りとお茶くみと、部長のセクハラ発言を聞くだけって感じの最低の職場で、いつも、辞めることしか考えていなかった。

それでも、就職難のこのご時世だし、今月の給料をもらってから辞めようとか考えているうちに、気がついたら5年も働いていた。


旦那に会ったのは、いい加減、辞めるに辞められなくなっていた、そんな時期だった。

その日は、横着かまして一気に持っていこうと、高さ80cmの原稿の山をかかえてコピー室まで運んでいた。


バサッ


足下も見えないほど、高かった原稿の山が一気に半分になって、急に視界が開けた。

開けた視界にはむすっとして原稿をかかえた男が一人。


「コピー室、だよな」


ぶっきらぼうにそう言うと、男はコピー室へとすごい速さで行ってしまう。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


あわてて追いかけると、男はコピー室の机の上に原稿の山を置いて、入ってきた私を振り返って・・・


「えーあーそのー、結婚しないか? いや、そうではなくて、いやそうなんだけれど!」


頭が真っ白になったのを、今でも覚えている。

そして、たぶんどっか血迷っていた私は、思わずうなずいてしまって・・・ 以降のことは、よく覚えていない。


「たまに失敗した気もするけど、なんか、憎めないのよね。旦那って」


あの時のことを思い出し笑いしながら、例の配給食品が入っていた容器を集める。容器を持っていかなければ、配給はもらえない。

もそもそとした味の乾麺だが、定職に就いていない以上、選択肢はないのだし。

あぁ、せめて香辛料の蓄えが残るうちに、仕事が見つかればいいのだけれど。


ドアの外から、配給車のテーマソングが流れてきた。

容器を抱えて家を飛び出し、階段の3段目から飛び降りる。


「明日に向かって、テイクオフ! なんてね」


顔のあった近所の人に照れ笑いの笑顔で挨拶をしながら、そっと空を見上げる。

抜けるような青い空は、同じ空のどこかで戦争をしているとは思えなかった。

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