春の僕
最近、世界がおかしい。
そうつぶやいたら、彼女はあきれたようにこっちを向いて言った。
「そんなの当たり前じゃない。戦争中なんだから」
ぽんぽんと人の頭を叩くと、食卓の上に見慣れた料理を置いていく。
白い不思議な素材に入った、味つき乾麺。
水を入れてしばらくふやかしたら食べられるものだ。
ちょっと固い触感が何だが、便利になったものだと思う。何せ、火を使わなくていい。
もそもそと、平べったい麺を無言でかみ切る作業を始める。
「ま、がんばんなさいよ。今日の面接はうまくいくかも知れないんだから」
淡々と口を動かしていると、彼女がつぶやいた。
思わず、聞き逃しそうになってしまったが、つまり、気を遣ってくれているらしい。
驚いて彼女を見つめると、黙々と下を向いて食べにくい料理に集中している。
「前向きに善処するよ」
彼女の真っ赤に染まった耳を見ながら、ぽろっと言葉がこぼれ落ちる。
そう、きっと、世界の8割がおかしくなっていても、残りの2割は大丈夫なはずだ。
例えば・・・彼女とか。
この小さな幸せを守るためなら、何とかなるかも知れない。
そんな、根拠のない自信がわき出てくる。
かき込むように乾麺を口の中に入れると、濁った汁をこし器の中に入れる。
こうすれば、後でもう一度水として使える。
軽く肩を回し、部屋の隅に掛けてある、唯一まともなジャケットを羽織る。
「行ってらっしゃい」
彼女の声を背中に、家を出る。
もう、贅沢は言わない。何があっても、今日は仕事を取って返ろう。
そっと、決意を固めて、市街地へと向かう。
ひなびた路地には、春とばかりに桜が咲き誇っていた。