在りし日のメリー
2012/07/28
知人より指摘された箇所の加筆修正、及び少々のエピソード追加をさせて頂きました。
トゥルルルル トゥルルルル
「ん……、誰だこんな時間に……」
深夜2時過ぎ頃、俺は突然の電話の呼び出し音に起こされた。
ベッドの横にある小さなスタンドライトの明かりを点け、受話器を取る。
「ふぁあ……、もしもし?」
「もしもし?私、メリーさん。 今、貴方のマンションの1階にいるの。」
何故か雑音混じりの、小さな女の子のような声で、電話の声はそう言った。
「……は? どちら様?」
ガチャ ツーツーツー
間抜けな声で俺が応対すると、電話はすぐに切れてしまった。
メリーさんって……、怪談で割と有名なアレか……?
ある種の都市伝説のような怪談で、こんな話がある。
ある日、突然かかってくる電話の声が、名を名乗り、自分の居場所を伝えてくる。
声の主は女の子、名前は自分で「メリーさん」と名乗る。
その電話は毎日かかってきて、その度に伝えられる居場所が、自分の住んでいる場所に徐々に近づいてくる。
その申告は最終的に、自分の家の玄関まで到着し、念の為玄関を確認しても、そこには誰もいない。
直後にかかってきた電話で告げられるメリーさんの位置は……、「今、貴方の後ろにいるの」
この手の怪談らしく、後ろに来たメリーさんから、その人が何をされたかまでは、話が続かないケースが多い。
だが、大抵の場合は、霊的な何かで殺されてしまうんだろう。
「……はっ、誰だよ今時こんなイタズラ。 バカバカしい……」
そこまで考えたところで、ふと我に返った。
そうだ、実在するわけがないだろう。
俺は深く考えることなく、再び眠りについた。
だが、事態は徐々に変わっていった。
「もしもし?私、メリーさん。 今、貴方のマンションの2階にいるの。」
翌日の深夜2時頃。
「もしもし?私、メリーさん。 今、貴方のマンションの3階にいるの。」
……その次の日の深夜2時頃。
毎日、同じ時間に、1階ずつ、この建物を上ってきているのだ。
イタズラにしては、随分と手が込みすぎている。
これは一体……。
時は近未来。
俺の住んでいる場所は、軌道エレベーターの中に作られた、居住スペースの一画にある。
階数で言えば、住んでいる場所は、89951階にあたる。
……彼女が不憫でならない。
*****
メリーと名乗る女性から電話がかかってくるようになり、かれこれ半年程経った頃。
俺は仕事の都合で一週間ほど、海外に出向く事になった。
旅の準備も全て整ったところで……、不意に彼女の事が気にかかってしまった。
これまで一日たりとも彼女からの電話が途切れた事はない。
最初は気味が悪かったが、不思議なことに段々慣れてきてしまい、今ではほぼ、彼女からの電話が生活サイクルの一部になってしまっている。
俺が出かけている間、彼女からの電話はどうなるんだろう……?
気になり始めたら、徐々に心配になってきた。
何より、これまで欠かさずに電話をかけてくれている彼女に、なんだか申し訳ない。
そこで俺は、一つ対策をしてから出かける事にした。
安直ではあるが、その対策内容は。
『只今、留守にしています。 御用の方は、発信音の後にメッセージをどうぞ。 ……私信、191階から198階は、こちらへどうぞ。 ピーッ』
……これくらいしか思い浮かばなかった。
留守番電話の対応メッセージに、自分の肉声を録音して設定を終え、俺はジャケットを羽織い、トランクを持ち上げた。
彼女がメッセージを残すかどうかは自信がないが……。
「……さしずめ、"先取りメリーさん"ってとこか……?」
そう独り言を呟き、俺は玄関を出た。
*****
「あぁー……、ようやく帰ってこれたぞぉー……、……つかれたぁー……」
それから一週間後、俺は予定通りに我が家に帰ってきた。
住んでいる場所が場所だけに、たどり着いても昇ってくるまでに結構時間がかかってしまう。
ここは軌道エレベーターとしては旧式なので、現行の最新式と比べると、上昇速度も遅い部類になってしまうのだ。
疲れて帰ってきた時なんかには、やはり最新式の速度に心惹かれてしまうものがある。
「ただいまー、っと……」
ドアの鍵をあけ、部屋に入ると同時に、誰も居ない室内に向かって独り言を放つ。
当然、返事はない。
と、暗闇の中に、チカチカと点滅する赤い光が目に入る。
部屋の電気を点けると、それは電話機の留守番電話メッセージの存在を告げるランプだった。
「……まさか、な。」
一週間前、自分が部屋を出る前に行った行動が思い起こされる。
トランクをベッドの上に放り投げ、再生ボタンを押し、残されたメッセージを聴きながらジャケットを脱ぎ始める。
『ホゾンサレタ メッセージ ガ 8ケン アリマス』
機械的な音声が喋り始める。
『サイショ ノ メッセージ デス』
『ピーッ ……もしもし? もう出かけた? それならいいんだけど、今日は寝坊すんなよー。』
あぁ、今回一緒に海外に行ったアイツからだ。
そういや電話したって言ってたな……。
『ツギ ノ メッセージ デス』
『ピーッ ……もしもし?私、メリーさん。 今、貴方のマンションの191階にいました。』
着替え始めていた手が、思わず止まってしまう。
『ツギ ノ メッセージ デス』
『ピーッ ……もしもし?私、メリーさん。 ……192階にいました。』
『ツギ ノ メッセージ デス』
『ピーッ ……もしもし?私、メリーさん。 今日は193階でした。』
予想外だ……、まさか律儀にメッセージを残してくれているとは。
いわゆる怪奇現象の類に恐ろしがるべきなのかもしれないが、俺は何故か嬉しくなり、電話機の前の椅子に腰をおろした。
『ピーッ ……もしもし?私、メリーさん……』
「"後からメリーさん"……ってとこか?」
気付かないうちに口元をほころばせつつ、俺は彼女の7回のメッセージを全て聴き終えた。
*****
それから3年後、俺は仕事の関係上、別の軌道エレベーターの居住スペースに引っ越す事になってしまった。
今度の部屋は、最上階にかなり近い位置にある。
成層圏を突破し、もはや宇宙空間にあるその物件は、窓から眺める景色も素晴らしく、一目で気に入ってしまった。
トゥルルルル トゥルルルル
っと、もうこんな時間だったか。
受話器を手に取る。
「もしもし?私、メリーさん。 ……覚えておきなさいよ。」
そうだった……、彼女には悪いことをしてしまった。
*****
俺の仕事というのは、いわゆるミュージシャンって奴だ。
長年の活動が実り、ついにメジャーデビュー、結構な人気を得られるまでにのしあがった。
とある軌道エレベーターの最上階にある、イベントスペース。
ここは音楽をやっている奴なら、誰もが一度は憧れる会場でもある。
そんな場所でのライブを行えるようにまでなり、俺は今、ステージの上で、最後の曲を前に、観客に向かって話をしている。
色んな事があったが、たった一人での音楽活動。
思い起こすと、胸に熱いものがこみ上げてくる。
そして、俺はこんな事を、大勢の観客に向かって話した。
「こんな、軌道エレベーターのてっぺんで、こんなに大勢の人達の前で歌えるなんて、俺、マジで今、幸せをかみ締めてます。」
歓声が大きくなる。
「……こんな素晴らしい場所で歌えるようになったのも、とある女性が、陰ながら支えてくれたお陰だ。 と、そう思っています。」
どよめきの少し混ざった歓声。
自分でも、何故こんな事を口走ったのか、わからない。
でも、今、何故かこの曲を、彼女に捧げたくなってしまった。
ギターを持ち直し、マイクを見据え、曲名を告げる。
「最後の曲になりました。 それでは聴いてください。 ……『在りし日のメリー』。」
*****
トゥルルルル トゥルルルル
いつも通りの、いつもの時間。
俺はいつもとは違った想いを胸に、受話器を手に取る。
「もしもし?私、メリーさん。 今」
「丁度2500階についた辺り、かな?」
彼女が居場所を告げるより先に、口を挟んだ。
「……ッ! いい加減にしなさいよ! どれだけ私を馬鹿にすれば……!」
彼女の口調が一変する、当然の事だろう。
だが、このまま電話を切られる訳にはいかない。
即座に次の言葉を挟む。
「そこで待ってる。」
少しの静寂。
だが、電話は切れていない。
「……え?」
戸惑ったような声が、受話器から聞こえる。
「引っ越したんだ。 2500階に。 だから、待ってる。」
一言一言、かみ締めるように。
「……何よ今更! 同情のつもり!?」
気のせいか、いつものような雑音混じりの声ではなくなっていた。
「ごめん。 ……ほんとにごめん。」
「馬鹿! ……今頃謝ったって、許さないんだから……」
大丈夫、何があろうと、俺の心は決まっている。
「あぁ……、だから直接会いたい。 会って謝りたい。」
返事はない。
だが、電話の向こう側には、まだ気配がある。
「……この気持ちを、伝えたいんだ。」
「……っ!」
電話の向こう側から、驚いたように息を呑む音がする。
「来て、くれるよな……?」
震える息遣いが少し聞こえた後、湿っぽい声で、返事がきた。
「……いま、あなだのっ……部屋っ……の、前っ……ヒック……」
……さて。
この話は、この手の怪談らしく、後ろに来たメリーさんから、その人が何をされたかまでは、話が続かないケースが多い。
今回もそんなケースの話、とだけ、伝えておこうと思う。