~3~
遠く山の反対側から、激しい振動と、爆撃音が聞こえてくる。
きっと凄まじい戦闘が繰り広げられているのだろう。
打って変わって、薄い霧のほうでは、さっき戦ったゼリーの群れと、オーガの軍隊ぐらいしか出現せず、二人は順調に歩みを進めていた。
「ルル、疲れてないかい?」
「大丈夫です、二足歩行にも慣れてきました」
「ならよかった。でもあんまり早くついてもなぁ。この調子だと……」
さっきより遠ざかったはずなのに、より大きな戦闘音が聞こえてきた。
きっとさらに強力な敵が現れて、上位の呪文を唱えているのだろう。
「燐音お姉さま、とっても激しいですね」
「そうだね、きっと燃やしまくってるよ」
笑い話をしながら、敵、というより零の嫌いな蜘蛛|(蜘蛛といってもこの世界の蜘蛛は30cmくらい余裕であるお化け蜘蛛である。普通の人間ならまず恐怖するであろう)を避けながら、余裕をもって進んだ。少しぎこちなかったルルとの会話も、自然になっていった。
弾む会話の中ルルは突如声のトーンをひとつ落とし、たずねた。
「零様には、その、お慕いしてる方、いらっしゃるんですか?」
「え、好きな人ってこと?」
「はい……」
「いないなぁ。というか、あんまり社交的なほうじゃなかいからさ。こんなに女の子______と話すのはじめてかも」
人魚なので女の子といっていいのか。と一瞬頭をよぎったが、考えないことにした。
ルルはその言葉を聞いて、顔をパアっと明るくさせ、飛び跳ねた。
「本当ですか?ルル嬉しいですっ! ふふふ、零様の初めての女……」
ルルはするすると滑らかに零に近づき、腕を組む。
「へ、変な言い方しないでよ」
「大丈夫です零様、ルルもまだ___初めてです……」
0距離左側から腕越しで上目使い。零の心臓は2つに増えたかのように、激しく脈打っていた。もちろん零にその言葉の意味は理解できたが、よくわからない、といった表情のみルルに返した。
「ルル、ちょっと、近い、かな」
零はカタコトのようにいった。しかしルルはめげない。
「だってルルは零様の契約相手ですもの!」
理由になっていない、と、言おうとしたが、燐音とダイドの光景を思い出し、言葉を飲み込んだ。ついでに生唾も飲み込んだ。
こんな人気のない森林の奥で、女の子、しかも女子高生と二人きり……そして近い。さらに色々と、当たっている。たぶん当てているのだけど。
零の緊張度はすでに限界値を超えていた。汗はいつもよりダラダラと流れ、歩き方はぎこちなく、勿論、会話などできはしない。ルルは大量の発汗に気付いた。
「わ、すごい汗ですよ、そうだ、私が綺麗にしてあげますっ」
ムフフフフーっ、と口角を上げ、手を零の胸にあてた。
「ル、ルルルルルル、ルル待ってまだ心の準備と親からの許可が!」
「さっぱりしましょう零様ぁんっ」
「うわあああああああ」
ルルは、零の全身から汗を吸い取り、手の上にひとつの水玉に変え、土にまいた。
「どうでしょう零様、さっぱりしましたか?」
「え、あ、うん、なるほど、そうだよね水を扱う魔族だもん、水分を一点に集めるなんて簡単……うん、ありがと」
「あれあれ、零様、ひょっとしてHなこと考えて______」
「ないです!」
「ですよね、失礼しました零様! あ、零様危ない!」
大きな蜘蛛の巣にひっかかりそうになった零に、とっさに飛びかかった。