メアリーの恋2
ふうとメアリーはため息を吐き、窓辺に立つ。
空は暗闇が太陽を飲み込んでおり、灰色と黒の混じった色が広がっている。
メアリーの表情も曇りがちで、浮いた気持ちではなかった。
ーどうして…。
窓に頭を預け、カーテンを握りしめる。
ドレスの色を太陽の色に合わせ、黄色を選んだつもりだが、失敗だった。
メアリーは再びため息を吐く。
頭をかすめるのは、1人のことだった。
ーダニエル様…。…どうして来なくなったのかしら?
湖に出かけて以来、ダニエルは姿を現さなくなった。
最初はほっとしたメアリーも、段々と不安や緊張を抱えることになった。
カーテンを力強く握りしめると、ダニエルとの障がい物になっているような気がする窓を邪魔だと思うことにする。
ー私、失敗したのかしら…?
唇に触れ、メアリーは頬を赤らめる。
異性とキスしたのは、ダニエルが初めてだった。
まさかクッキーごと奪われるとは思わず、今も身体がかあっと熱くなる。
それを隠そうと、カーテンを巻きつけると、窓に手を当てる。
ジュリーのお陰で、汚れのない檻の中のようだった。
「ツリーハウス…」
ぼそりと呟き、メアリーは後悔する。
何も思い出せなかったから、嫌われたのかと心を痛める。
何があったのか、どうして思い出せないのか、今でも不思議だった。
まるで神が頭に蓋をしたように、何も浮かばないのだ。
ー私、ダニエル様のこと…。
ふと考えて、首を横に振る。
深く考えたくなかった。
好き嫌いでいえば、好きに決まっているのだが、どうしていいのか、さっぱり分からなかった。
「僕のメアリー…か」
ダニエルに遊ばれたのだろうか。
しかしそんな雰囲気は全くなかった。
メアリーの前では正直でいようといていたと思う。
ーだったら、何故、来なくなったのかしら…?
忙しい何か出来事でもあったのか、それとも、別の女性に熱をあげたのかと考え、むっとする。
ダニエルが別の女性と並んでいる姿を思い浮かべ、嫌だと強く願ってしまう。
「何故…?」
自分で自分の気持ちに気がつかないようにして、窓に爪を立てる。
そのまま自然と指を動かし、ピアノを弾くような形となったが、すぐに飽きた。
心は暗いままで、何も生み出したくなかった。
「ーあの、メアリー様」
しずしずとメイドのジュリーが声をかけてくる。
メアリーはゆっくりと振り向くと、心配している表情の彼女と目が合う。
その瞳には、迷いと、不安と、緊張と色んなものが混ざり合っていた。
メアリー自身がそうなのかもしれないと、まるで鏡を見るみたいにジュリーを凝視する。
「どうなさったの? ジュリー」
「何か悩み事がおありなんでしょうか?」
「それは…ふう」
息を吐くと、ますますカーテンを握りしめる。
ジュリーに言ってしまったほうがいいだろうと判断し、口を開く。
「ダニエル様、どうして来なくなったのかしら…?」
「まあ!! ダニエル様のことを考えていらっしゃったのですか?」
「そうなの。どうしても頭から離れなくて…」
あんなに強烈にアプローチされたら、忘れられなくなるに決まっている。
抱きしめる力の強さ、彼の香り、すぐに思い出すくらいで、メアリーは火がついたように頬を真っ赤にさせる。
わざとジュリーから目を離すと、彼女が静かに言ってくる。
「大丈夫ですわ。ダニエル様を信じほうがよろしいですわ」
「信じるか…。私をお嫁にしたいと言ったくらいだから…」
それでも弱気になり、メアリーは自分でびっくりする。
いつも強気で悩み事などなかったのに、ダニエルのこととなると、消極的になってしまう。
おそらくリードするのがダニエルだったから、何をしていいのか分からないからかもしれない。
ーこの来ない期間も意味があるのかしら…?
考えても、考えても、ダニエル本人ではないので、何を信じていいのか、分からなくなる。
窓に額を当てると、ジュリーが近づいて来るのが分かる。
メアリーは動じず、させるままにすると、メアリーの肩に触れてくる。
「ダニエル様は、メアリー様を裏切りませんわ。絶対に」
「…どうして断定できるの? ダニエル様でもないのに」
「私の言うことを疑いますの?」
ジュリーに切り返され、メアリーは言い過ぎたと反省する。
幼い頃から一緒にいるのに、ジュリーの言葉を拒むなんて、そこまで馬鹿になったかと、メアリーは目を伏せる。
「ごめんなさいませ、ジュリー。あなたの言う通りですわ」
「メアリー様…。何ならケント様を呼びましょうか?」
「駄目!! お兄様は駄目!! その、ダニエル様の邪魔をしたくないの。何か大事な用でもあるのかもしれませんし」
「そうですわ、そうですわ、メアリー様。ダニエル様は必ずやって来ますわ。だって、メアリー様を必要としているのは、ダニエル様なんですもの」
「私を必要としている…? …それは、きゃ!!」
急にごろごろと空が鳴り、強く光を放つ。
雷だと思った瞬間、メアリーの中に何かがよぎっていく。
小さな男の子、メアリー、あとは後ろ姿の誰か、その3人の姿がちらりと浮かんだのだった。
「ジュリー!! ジュリー!! だ、大変ですわ」
「メアリー様!! 落ち着いてくださいませ!!」
「落ち着くって…その、一瞬だけ、一瞬だけ、思い出しましたの」
小さい男の子はダニエルのように見受けられ、メアリーはとても幼い姿だった。後ろ姿は誰か分からないが、大人の男性のような気がした。
「本当ですの、メアリー様!! ああ、心配ですわ」
「ジュリー!! ああ」
その場に座り込み、メアリーは顔を手で覆う。
それ以上は思い出せないのだが、嫌悪感を抱くものだった。
すかさず二の腕を擦り、自分自身を守ろうとする。
ーダニエル様は私の側にいて、守ってくれた…?
何となくそんな気がして、メアリーは耳を塞ぐ。
雷はメアリーの固まった頭を破壊しようと、強くなっていく。
さらに涙を零すように、雨が降ってくる。
メアリーはジュリーの手を取ると、彼女の胸に額を押しつける。
「怖い…!! 怖いですわ…!!」
「落ち着きましょう、メアリー様。ここには私しかおりませんわ。何かあったら、私が守りますので」
「何かって…。何で今、思い出すのよ!! あ、あの日もそう…。雷が鳴って…きゃあ!!」
メアリーはパニック状態になり、ジュリーの身体を求める。
少しでも温もりが欲しかった。
ジュリーは背中をあやするように撫でてくれ、
「ゆっくり息をしてくださいませ、ゆっくり」
ダニエルの言葉と同じことを言われ、メアリーは荒い息を止めようと、大きく息をすると、何故か涙を零す。
「メアリー様…? ああ、大丈夫ですわ。メアリー様」
ジュリーが全身で守ろうと、細い身体で覆いかぶさってくる。
少しずつ、少しずつ、落ち着きを取り戻し、メアリーはジュリーの名前を呼ぶ。
「ジュリー!ー だ、ダニエル様が…!! その」
「ダニエル様はいつも味方ですわ。ー昔も、今も」
「昔も、今も…? …私を守ってくれた?」
一瞬の記憶を思い出し、そう解釈する。
頭を叩いて思い出そうとしたのしたが、ジュリーが止めてくる。
「おやめくださいませ、メアリー様。それ以上はまだ無理ですわ」
「無理…? ジュリーは知っているの?」
「…。ここにいるのはよくありませんわ。ソファに座りましょう」
ジュリーははぐらかすように外を見、激しくなっていく雨を睨みつける。
メアリーは顔を上げると、ゆっくりと立ち上がる。
「ジュリー、その、一瞬思い出したことを、ダニエル様に教えたほうがよろしいかしら…?」
「そうですわね。…手紙を書いたらいかがでしょうか?」
「手紙…。…そうですわね。早く、早く、書かなくては」
ふらふらと動くメアリーを、ジュリーが支え、ようやく机にたどり着く。
メアリーは深呼吸すると、ジュリーに言う。
「書いたら、お兄様に渡してくださる?」
「いいですとも。正直にお書きになさいませ」
ジュリーはいたって穏やかであり、紙を用意してくれる。
メアリーは震える手を落ち着かせようとしたが、しょうがないと諦め、今の気持ちを綴る。
ダニエル様
どうして会いに来てくださいませんの? 私のことが嫌いになりました? その、私も至らない点が多く、申し訳ございません。ダニエル様といると緊張して、不安になって、自分が自分でいられなくなるというか…。
ダニエル様は何をお求めですの? 私ですか? それとも、私の記憶ですの? 記憶の件でしたら、私も一瞬だけ思い出しました。
あの日、そう、幼い頃のあの日、ツリーハウスの中は暗くて、外は雷雨が激しくて…。
幼いダニエル様が私を守ろうと立ってくださって…。
誰か大人がいて対峙した姿を思い出しましたの。
合っているかどうか分かりませんが…。
あなたにお会いしたくなりました。
どうか、どうかお願いですので、私の邸にお越しくださいませ。
お待ちしております。
メアリーより。
「…これを蝋で封して、お兄様に渡してくださる?」
「もちろんですわ。メアリー様は…?」
「具合悪くなったから、横になりますわ。駄目かしら…?」
「そんなことはありませんわ。せっかくですから、ベッドに横になりましょう」
ジュリーに言われるまま、メアリーは動き出す。
書くべきことは書いたので、少し安心感が広がる。
「ジュリー、しばらく側にいてくれる?」
「もちろんですわ。さあ、参りましょう」
「うん」
幼い子のように答え、メアリーは寝室に向かったのだった。




