第7話 鋼の咆哮と、潰えた作戦
「はあ……はあ……」
俺は車の影に身をひそめ、激しく乱れる呼吸を整えていた。重い瞼を動かすたび、先ほどの悪夢が脳裏に焼き付いて離れない。
ギリアムの号令の下、俺たちは中央広場の虚人に攻撃を仕掛けた。機械化虚人に備え強度を増した断髄杭は予想以上の効果を上げ、堅い装甲を次々と粉砕した。作戦は順調だった。四方から追い詰め、虚人の群れを中央へと追い詰めていく。誰もが、今日の任務も予定通り終わると思っていた。
その時だ。3班の隊員から悲痛な通信が入った。
『なっ……なんだ、こいつは……断髄杭が……きか、ぐわぁっ!』
各隊員に緊張が走る。やがて3班隊長のガルギーから、息も絶え絶えな報告が入った。3班は全滅したという。
「見たことない虚人が現れた。断髄杭も効かない。何より奴は、他の虚人をコントロールしていた……」
知性なき虚人が、群れを指揮する。そんな話は聞いたことがない。事態を重く見たギリアムは、苦渋の決断を下した。
「作戦は中止だ。各班撤退せよ」
その言葉に、シトリンが激昂して食ってかかった。
「撤退ですって!? 3班の連中を見捨てるつもりですか! まだ息があるかもしれないのよ!」
「……3班を助けに向かえば、他の班も全滅する可能性がある。そうなればクロウ自体が消滅する。それは絶対に防がなければならない」
ギリアムは努めて冷静に、そして冷徹に言い放った。だがその声は、かつて仲間を失った時の傷跡をなぞるように僅かに震えていた。
「それでも! 規律や組織よりも、目の前の命を救うのが私たちの……!」
なおも食い下がるシトリンを、ヴォルフが背後から羽交い締めにし、無理やり引き離す。
「シトリン、よせ。これは命令だ! 我らクロウには鉄の掟がある。任務中の命令には、絶対に服従することだ」
ヴォルフに連れられ戦線を離脱するシトリン。彼女の瞳には、ギリアムへの激しい軽蔑と、深い失望の色が滲んでいた。
俺とテム、そしてギリアムが撤退の準備に入ったその時だった。目の前の車体が、突如として宙を舞った。現れたのは、還流であらゆるものを飲み込んだ、3メートルはあろうかという巨大な虚人だった。
「なんだ……こいつは……」
呆然と立ち尽くす俺たち。テムは腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでいる。ギリアムは敵の攻撃をかわしながら、必死に特性を掴もうとしていた。
「エルム、奴の前方の装甲は固い。だが背後に若干の隙がある。俺が注意を引く、お前は背後に回り杭を打ち込め!」
俺はギリアムの反対側へ走った。凄まじい攻撃力だ。一撃で車が数台吹き飛ぶ。ギリアムの攻撃を軽くいなしながらも、しつこい挑発に奴の注意が集中した。その隙をつき、俺は背後に回り込んで全力で杭を撃ち込んだ。
「ぐごぼぉおあぁおおあお!」
雄叫びが響き渡る。勝った――そう確信した次の瞬間、虚人は背中に突き刺さった杭を、力任せに引き抜いて投げ捨てた。
虚人が膝をつく。「ぐがぁああああああああ!」
その叫びに呼応するように、周囲から一斉に虚人の雄叫びが上がった。
「こいつ……仲間を呼んでいるのか」
呆然とし、一瞬だけ緊張の糸が切れた。その刹那、虚人の剛腕が俺の腹をえぐった。
視界が歪み、数十メートル吹き飛ばされる。俺はそのまま意識を失った。
しばらくして、意識を取り戻す。シュ……シュ……と、阻害液が注入される音がひっきりなしに耳元で聞こえてくる。
「はあ……はあ……どう、なった……?」
腹部の激痛と、朦朧とする意識の中で、俺は必死に現状を把握しようと目を凝らした。
ようやく意識が戻ってきた。身体はどうだ……?
俺は薄れゆく意識の向こう側で、腕や足の感覚を確かめる。阻害液のひっきりなしの注入が、還流による肉体の再構築をどうにか遅らせてはいたが、細胞は徐々に、そして確実に作り変えられていた。
還流による痛みが和らぐ安堵と、それに伴って正気を失うことへの恐怖。相反する感情が、朦朧とした頭の中で交差する。
動き出した頭で、状況を整理する。俺は……あの巨大な虚人に、吹き飛ばされたんだ……。
ハッとしてあたりを見回す。ギリアムとテムはどうなった!?
そこには二人はおろか、あの「王」も、群がっていた虚人の姿すらもなかった。静寂だけが、鋼鉄の墓場を支配している。
重い身体を起こし、這うようにして立ち上がる。阻害液の残量を確認する。残量を知らせるメーターが、赤く点滅していた。
「……使いすぎたな」
自嘲気味に呟く。阻害液は残り少ない。これ以上ダメージを受ければ、今度こそ還流に飲まれる。
二人の無事を祈りながら、俺はカタコンベへと帰還することを決めた。
あれだけ大量に発生していた虚人の群れが、嘘のように消えていた。一体、どこへ行ったんだ……。
それに、あの巨大な虚人に呼応した、統制のとれた動き。奴らがもし、本能ではなく「知性」を持ち始めているとしたら、それはシェルターにとって、いや、人類にとって取り返しのつかない大変なことになる。
俺は背中に冷たいものが走る感覚を覚えながら、一刻も早くこの不気味な静寂を抜け出すため、カタコンベへの道を急いだ。




