第5話 亡霊の規律と、揺れる残り火
翌朝。カタコンベへと向かう俺の足は、街頭の大型モニターに映し出されたニュースによって止められた。
シルバー・セクターを流れる廃棄物の川――オイルとゴミが混ざり合う濁流から、一人の男の遺体が上がったという。酒に酔った末の不慮の事故。キャスターは無機質にそう報じたが、画面に映った男の顔を見た瞬間、俺の背筋に冷たい戦慄が走った。
知っている男だ。先日、カタコンベの休憩室でギリアムと親しげに、そして深刻な面持ちで話し込んでいた協力者の一人だった。
(教団を調べて……消されたのか)
確信に近い予感は、本部でギリアムの顔を見た瞬間に「核心」へと変わった。
ギリアムは俺たちを執務室に呼び出すと、沈痛な、しかし拒絶の色が濃い声で告げた。
「教団の調査は一旦停止する。お前たちも、私の許可なくこれ以上この問題に関わるな」
それだけを言い残し、彼は俺たちを追い出すように部屋から出した。
カタコンベの無機質な廊下を歩きながら、ヴォルフが拳を壁に叩きつける。
「クソッ、あの男、絶対に消されたんだ。このまま黙ってろってのかよ!」
「……代表は、私たちの身を案じているのよ。時が来るまで耐えろ、ということでしょう」
シトリンがなだめるが、ヴォルフは「ふん」と鼻を鳴らして自分のセルへと消えていった。
残された俺とシトリンは、地下の静かなカフェへと足を運んだ。二人きりで話すのは、これが初めてだった。
沈黙の中でコーヒーを啜る。ふと、シトリンが思いついたように口を開いた。
「ねえ、エルム。あんたはどうして『クロウ』に入ったの?」
俺はカップを置いた。……いろいろとな、と短く答えてから、問いを返した。
「シトリン、お前こそ……どうしてだ?」
彼女はカップの中の、揺れる黒い液体を見つめながら静かに語り始めた。
「私には、七つ上の兄がいたの。……ギリアムさんの教育係だった人」
初めて聞く彼女の過去だった。
彼女の兄は、当時まだ駆け出しだったギリアムを弟のように可愛がっていたという。だがある日、予定外の行動を主張したギリアムを救うため、兄は大量の虚人の群れに一人で飛び込んだ。
『ギリアム、規律は絶対だ。人間は弱い。だから規則が必要なんだ』
それが、兄の最期の言葉だった。
無数の傷を負い、阻害液が切れた兄の体には激しい還流が起こり、その脳を蝕み始めた。彼は化け物になりゆく姿を晒す前に、泣きじゃくるギリアムを突き飛ばし、『行け!』と叫んで屍海の奥へと消えていったという。
「その話をギリアムさんから聞いたとき、殺してやろうと思ったわ」
シトリンの瞳に、鋭い火が灯る。
「だけど……ギリアムさんを生かそうとした兄の思いを無駄にしたくなかった。私は、兄の意志を継ぐためにここへ入ったの。そして……いつか『オリジン』を見つけ出し、DNAの謎を解いて、今も屍海を彷徨っているかもしれない兄を、人間に戻したい。それが私のすべて」
俺は絶句した。いつも明るい彼女の背負っているものの重さに、かけるべき言葉が見つからない。
「俺も……」
言いかけたその時、カタコンベ内にけたたましい警報ブザーが鳴り響いた。
『緊急招集。屍海・東部セクターに大規模な虚人の群れを検知。全隊員は直ちに装備を整え、出撃せよ』
俺たちは顔を見合わせ、即座に立ち上がった。
感傷に浸る時間は終わった。俺たちは戦士の顔に戻り、死を運ぶエレベーターへと駆け込んだ。




