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デッドマン・シーカー ―不死の地獄を解体する葬送者―  作者: autofocus


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第4話 灰色の空の下、花を夢見る君へ

第2居住区シルバー・セクター。俺の暮らしの基盤は、常に換気扇の唸る音と、無機質な金属の冷たさに支配されている。

 任務から戻り、昇降柱エレベーター・ピラーのボロいケージに揺られながら自室のセルに戻る。まずはシャワーだ。高層階の贅沢を知らない身には、こうして錆びた蛇口から水が出るだけで幸運と言える。


湿った衣服を脱ぎ捨て、着替えを済ませると、鏡の中の自分を少しだけ眺めた。クロウの死神としての顔は、ここでは必要ない。


今日はアイリスとの約束がある。

 彼女はシェルター内で数少ない植物の研究に携わっている。いつかこの屍海に花を咲かせたいという彼女の夢は、俺にとってこの暗い世界の唯一の灯火ともしびだった。マスクなしでは息もできないこの大地に、果たして本当の花が咲くのだろうか。


待ち合わせのカフェは、シルバー・セクターの雑踏から少し外れた場所にある。少し早く着きすぎたようだ。俺は注文したコーヒーを一口飲み、苦味を喉に流し込んだ。


隣の席から、疲れ果てた男たちの会話が聞こえてくる。

「……俺は怖いんだよ。年老いても死ぬことはない。やがて体が動かなくなっても、意識だけはあると聞く。そんなの、地獄だろ。自ら死を選ぼうにも、体は勝手に再生しちまう」

「そうさ。誰もがその恐怖と戦っている。だから【エターナル・グレイス】に入信するんだ。彼らは死を否定し、苦痛に満ちた不死を『神の試練』と説く。……俺もいつか、聖地巡礼に参加したい」


俺は思わず眉をひそめ、コーヒーカップを強く握りしめた。

「……ちっ、こんなところまで教団の教えが蔓延はびこっているのか」


不死を呪いではなく「慈悲」と履き違える。その言葉一つひとつが、俺たちが屍海で命を削って回収している「死」の重みを踏みにじっているようでならなかった。


「お待たせ」


その明るい声に、俺は硬直していた身体の力を抜いて顔を上げた。

 そこには、灰色のこの場所には似つかわしくないほど穏やかな笑みを浮かべたアイリスが立っていた。

 彼女は俺の生きる意味だ。この歪んだ世界で、俺が唯一、守り抜くと誓った場所。

「何にする?」俺の問いに、アイリスは迷いながらも楽しげに答える。

「うーん……パンケーキと、カフェオレにしようかな」


俺は通りかかったウェイターを呼び、淡々と注文を伝えた。

「今日はどこか行きたいところはあるか?」

「セクターの外れにね、新しい店ができたのよ。可愛い洋服がたくさんあるんだって」


アイリスの顔がパッと華やぐ。その笑顔を見るだけで、屍海の汚濁を洗い流すような充足感を覚える。

「じゃあ行ってみようか。何か……プレゼントするよ」

「本当!? たのしみ!」


彼女の屈託のない笑顔が胸に刺さる。俺にとって、この時間が何よりも代えがたい「浄化」の儀式だった。

 注文したパンケーキとカフェオレが届く。俺は苦いコーヒーを啜りながら、甘いものを美味しそうに頬張るアイリスを静かに見つめていた。


カフェを出ると、俺たちは他愛もない会話に花を咲かせた。

 俺は守秘義務に触れない範囲で、屍海での他愛ない出来事を話した。彼女は、自分の研究――いつか灰に覆われたこの地に、根を下ろす植物の可能性について、瞳を輝かせながら教えてくれた。


目的の店に辿り着くと、入口には若い女性たちの長い列ができていた。

「流行っているというのは、本当だったんだな」

「でしょ? 可愛い服がたくさんあるんだから!」


店内に足を踏み入れると、色とりどりの布地が並んでいる。この殺伐としたシェルターの中では異質な光景だった。

 俺は近くのラックにかかっていた服の値札を、さりげなく盗み見た。

 ――数字が脳裏に焼き付く。

 俺は無意識のうちに財布の中身を脳内で計算し、あとの生活費や予備の弾薬、医療キットの補充……あらゆる可能性を弾き出す。クロウの隊員として死線を潜り抜けてきた頭脳が、今はたった一着の服のためにフル回転していた。


アイリスが目を輝かせながら、淡い花柄のワンピースを手に取って俺を見る。

「エルム、これ……どうかな?」


彼女の期待に満ちた視線。俺は喉元まで出かかった「少し高いな」という言葉を飲み込み、静かに微笑んだ。

「……よく似合いそうだ。それにしよう」


この一着が、俺の翌月の生活をどれほど圧迫しようとも、この笑顔が失われることに比べれば些細なことだった。

別れを惜しむように、ゆっくりと歩を進める帰り道。ふとした会話の合間に、アイリスの横顔が影を落とした。その小さな表情の曇りを、俺は見逃さなかった。


「……何か、気になることがあるのか?」

 俺の問いに、彼女はしばらく沈黙してから口を開いた。

「実はね……研究所に、上からの圧力がかかっているみたいなの。私の研究は、この世界を元の豊かな自然に戻すためのものなのに。一体、誰が……」


彼女は自分に言い聞かせるように、「私の気のせいかもしれないけどね」と付け足し、遠くの排気ダクトをぼんやりと見つめた。

 この世界で「自然」を取り戻すことは、すなわち教団の掲げる「永遠なる不死の停滞」を脅かす行為に等しいのかもしれない。嫌な予感が脳裏をかすめた。


俺は立ち止まり、彼女の肩に手を置いた。

「安心しろ。何があっても、俺がお前を守ってやる」

 言葉にした瞬間、少し気恥ずかしくなった。アイリスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいたずらっぽく笑った。

「なになに、今のプロポーズのつもり?」

「……馬鹿。そんなんじゃねぇよ」


彼女の笑顔は、この灰色の世界で唯一、本物の色彩を帯びている。俺は心底思った。この笑顔を絶やすことだけは、何があっても阻止すると。


その後、俺たちは別れ、俺はシルバー・セクターの自室セルへと戻った。

 明日からはまた、灰と死が渦巻く屍海での任務が待っている。

 俺は重い装備を壁に掛け、冷たいベッドに横たわった。明日、またあの場所へ行くために。アイリスが夢見る「花」をこの目で見るために、俺は戦士としての冷徹さを自分の中へと沈めていった。

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