第10話 白き侵食
数日ぶりに帰還した【クロウ】本部は、俺の知っている場所ではなかった。
無機質で殺風景だった廊下には、教団の象徴である「永遠の環」のエンブレムが掲げられ、至るところに信者たちが捧げた花や香炉が置かれている。漂う香煙の甘ったるい匂いが、戦場の灰の臭いを無理やり塗りつぶしていた。
「元気そうでなにより。……本当によかった」
シトリンが笑顔で迎えてくれた。だが、その笑顔にはどこか無理をしているような陰りがある。俺たちは並んで、様変わりした施設内を歩き出した。
「長いこと休んで悪かったな。……ヴォルフはどうした? あいつの説教がないと調子が狂う」
何気ない俺の問いに、シトリンの顔が一瞬で曇った。
「ああ……、あいつは……辞めたよ」
寂しげに、絞り出すような声だった。
「どうしてだ! あのヴォルフが、掟にうるさいあいつが、任務を放り出すなんて――」
思わず掴みかかりそうになるのを、俺は必死に抑えた。シトリンは気まずそうに視線を彷徨わせ、重い口を開いた。
「ギリアムが死んでから、教団から新代表が赴任したのは話したよね。それから、クロウの方針っていうか……やり方が根底から変わっちまったのさ」
歩きながらシトリンが語った現状は、あまりに無惨なものだった。
新代表マクシミリアンによる組織再編――【聖域執行計画】。
表向きは「犠牲の大きかったクロウの負担軽減と近代化」を掲げているが、その実態は組織の解体に近い。
教団の聖衛隊から、エリート部隊【白翼】が新たに編入された。最新式の教団製武装に身を包んだ彼らが、虚人の回収や重要拠点の警備といった「高報酬・高難度」の任務を独占する。
一方で、俺たち元々のクロウ隊員に与えられたのは、物資運搬、戦場の灰の清掃、弾薬補充、そして虚人の死骸焼却といった、いわゆる「後始末」ばかり。そればかりか、主力兵器である断髄杭の使用は制限され、監視役として常に「白翼」の隊員が同行し、一挙手一投足を報告する義務まで課されるという。
「なんだそれは……。俺たちはゴミ拾いに成り下がったっていうのか」
俺は吐き捨てるように言った。シトリンは苦しげに顔を歪める。
「それで……ヴォルフは辞めたってことか」
納得がいった。あの誇り高い男が、戦士としての権利を奪われ、教団の犬の散歩に付き合うような真似に耐えられるはずがない。
その時、廊下の向こうから純白の防護服に身を包んだ数人の男たちが現れた。新部隊【白翼】の隊員だ。
彼らとすれ違う際、シトリンは直立不動で敬礼し、廊下の隅へと寄った。俺も、彼女に促されるまま倣う。隊員の一人が、泥に汚れた靴を見るような目で俺を一瞥し、そのまま無言で通り過ぎていった。
「これから新代表の公式発表があるの。……講堂に行こう」
シトリンに背中を押され、俺は講堂へと向かった。
黒き鴉」の誇りが、真っ白な虚飾に塗り潰されていく。その光景に、俺は言いようのない吐き気を覚えていた。




