第1話 デッドマン・シーカー ―不死の地獄を解体する葬送者―
かつて、人類は「神の領域」に手を伸ばした。
高度な医療革命と遺伝子操作によって、私たちは老いという呪縛を解き、死という名の出口を閉ざしたのだ。若返りの技術を巡り、世界は永遠の青春を謳歌するはずだった。
だが、空が焼き払われたあの日――【白夜の審判】は、すべてを嘲笑うように終わらせた。
核の炎は文明を灰にし、地上のすべてを汚染した。
そして、皮肉なことに「死ぬための技術」だけが、この荒廃した世界から永久に失われたのだ。
生き残った私たちは、シェルターという名の巨大な柩に押し込められた。
傷ついても細胞は際限なく再生し、老いは肉体を腐り落ちることも許さず、ただ動かぬ彫像のように固定する。
死ねない。消え去ることもできない。意識だけが、何百年もこの淀んだ肉体の牢獄に閉じ込められている。
だからこそ、俺たちは「烏」と呼ばれ、死を運び続ける。
荒廃した灰の平原へ踏み出し、かつての「始源の亡骸」を探すために。
遺伝子の螺旋を解き明かし、人類に最後の慈悲である「死」を取り戻すために。
この地獄のような永遠を、どうか終わらせてくれ。
それが、不死を得てしまった人類の、せめてもの最後の祈りなのだ。
重厚な金属扉の向こう、隔絶されたシェルターの深部。
執行機関『クロウ』の拠点、通称カタコンベで、俺は防毒マスクのフィルターを点検していた。
指先がかすかに震える。
マスクのガラス越しに映る自分の瞳には、感情の影も、生への執着もない。
ただ、十年前のあの日――冷たい風と共に家族の背中が消えていった扉の記憶だけが、焼き付いている。
「エルム。出発の時間だ」
背後でギリアムの声が響く。
俺は無言で立ち上がり、腰の【断髄杭】の重みを確認した。
この旅の果てにあるのが「救済」か「滅び」か、それは重要ではない。
俺が求めるのは、ただ一つ。
この世界から「不死」という呪いを剥ぎ取り、人間を人間らしく終わらせること。
俺はカタコンベの出口へと歩き出した。
今日もまた、死体を求めて。
俺の両親は、教団【エターナル・グレイス(永久なる慈悲)】の熱心な信者だった。
死を否定し、苦痛に満ちた不死を神の試練と説く彼らの教えを信じ、家族は聖地を目指して旅立ち、そして死んだ。幼い弟も一緒だ。当時、激しい「還流」の後遺症で身体が動かせなかった俺だけが、取り残された。
それから俺は教団で育てられた。だが、肉親を奪った彼らの教えを受け入れることなど、俺には到底できなかった。
そんな俺を救ったのは、葬送執行機関『クロウ』の代表、ギリアムとの出会いだった。
「人間は、死を拒絶してはいけない」
それが彼の口癖だ。俺はその思想に深く惹きつけられた。
クロウは、数百年前にメトセラという名のドクターが創設した組織だ。今なおその意識は健在で、組織の意思決定を行っているというが、にわかには信じがたい。だが、俺たちは人類に「死」を取り戻すために、屍海を彷徨い続けている。どこかにあると噂される、本来の死を運べる遺伝子――【始源の亡骸】を求めて。
屍海には、【虚人】と呼ばれる存在が溢れている。理性を失い、際限のない「還流」の末に巨大な肉塊へと成り果てた元人間たちだ。彼らは、俺たちのような生者の気配を嗅ぎつけると、本能に従って襲いかかってくる。
俺たちは、彼らの動きを物理的に停止させるための装備を身に纏い、荒野へ出る。
脊髄や脳幹を一撃で粉砕する【断髄杭】。
極細針から【阻害液】を注入し、痛みによって理性を繋ぎ止める【クロウ・スーツ】。
細胞再生を強制停止させる阻害液。
サンプルの採取に用いる【検体採取鎌】。
そして、過去の記憶を解読するための【携帯用古文書解析端末】。
重たい装備を担ぎ、エレベーターで深部から地上へと上昇する。
ゴゴゴ、と重苦しい音を立てて、分厚いシェルターの扉が開いた。
俺たちは、屍海へと踏み出す。
目の前には、汚染によって異形化した草木が鬱蒼と生い茂り、泥沼と化した地面から、何者かの湿り気を帯びた唸り声が聞こえてきた。
獲物が来た、とでも言うように。




