朧で脆い
一日遅れてしまって申し訳ございません。以後気をつけます。
あの頃へ帰れたなら
僕はどうなるのだろう
なにもない両手を見つめて
きっと戦い続けるんだろう
愛だけが 愛だけが全てなのに
どれだけ走れば どれだけ歩けば
愛だけが 愛だけが全てなのに
その答えは きっと まだ先にあるのかな
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「さてと……」
誰もいない室内、誰がいるわけでもない今日このごろ。
南海くんが外出したあとの部屋というのは、想像していた以上に殺風景で、滑稽な空間だった。
一日だけ一人で出かけるって言っても、一体どこに行くのだろうか。
しかしそんなことを考えても答えが出てくるはずもなく、それだったら久しぶりに実家に帰ってみようと思い身支度を初めた。
……と言っても日帰りで軽く顔を出す程度だから、財布とスマホなどをポケットにぶち込むだけなのだが。
ちなみになぜ一人暮らしをしているのかと聞かれたら、別にこれといった理由があったわけでもない。
ただ親の希望とかなんだかで、学校を通じて今の住居を用意してもらっているのだ。
なぜ勝手にこんなことを決められたのか。
なぜ、学校を介したのか。
親とそこまで仲が良かったわけでもないから、「ああ、距離を置かれたんだ」って呟いて、深く考えず飲み込んでしまった記憶が、遠いようで近く感じる。
それでも、やっぱり顔を見れないのは寂しい。
だから日帰りなら……と思って帰省することに決めたというわけだ。
「行ってきます。」
誰もいない部屋に呟いてから鍵を締める。
まるで、僕の居場所はここにあるって言い聞かすように……
東京の電車というのは、休日というだけでどこかしら特別な空気感が漂っていた。
それが今の僕にとっては、なんだかよくわからない感情に纏まって、絶妙な居心地の悪さを感じてしまう。
乗り換えるために降りたターミナル駅で、どこから来たのか様々な声や方言が散りばめられている中をかいくぐって乗り込んだローカル線。
単線をゆったりとした車窓を流れるのは、穏やかな初夏の色。
早いなあ……なんて心の中で呟きながら一時間ほど電車に揺られ、小さな無人駅に到着した。
「ここでいいんだよな……」
実は地元の記憶が曖昧で、かすかな断片だけを頼りにここまで来たのだが、この景色を見てもピンとくるようでこない、そんな気がした。
ただ、ここに来るまでずっと僕の後ろから引っ張ってくるなにかが、妙に気になって仕方がない。
それでも朧げな記憶というのは、その場所に来てしまえばなんとかなるもので、成り行きで歩いていると昔好意にしてくれた近所のおばさんを見つけた。
「おばさーん!お久しぶりです。」
久しぶりに見知った人に出会えたことの喜びに抗えず、僕は元気よく手を振った。
しかし僕のことを見たおばさんは、顔面蒼白になって家の中に駆け込んでしまった。
「え、なんで?」
僕はわけがわからないまま、暫くの間この場に立ちすくんだ。
「……いや、なんで?」
実家からではなく地元全体から拒絶されているような感覚は、もしかしたら本当だったのかもしれない。
一気に実家に顔を出してもいいのか不安になったが、ここまで来たのにこのまま帰るのも違うよなと思って、足取り重く実家の前まで来た。
「あー、そういえばこんな感じだったか……?」
一番見慣れていたはずの実家のはずなのに、どこか悲しさの残る場所に思える。
少しためらう気持ちを抑えながら、インターホンを押した。
「……はい」
「あ、母さん?俺だけど……ちょっと時間があったから帰ってきちゃった。」
「……」
無言になったインターホン。
聞こえてなかったのかなと思ってもう一度「母さん?」と聞いてみると、消え入るような小さな言葉が帰ってきた。
「どちら様ですか……」
機械越しでも分かるくらい、声が震えている。
「えっ。」
家違いだったかと思って反射的に表札を確認したが、僕の実家で間違いないはずだった。
「母さん、体調悪いの?」
なんだかんだ言っても母と子だ。
記憶の片隅にいる母の顔は、とても笑顔で優しい目をしている。
だからもし体調を崩しているなら、今日だけでも看病できたらって思ったのだ。
そう、思ったのだけれど……
「私に息子なんていません。人違いです。……詐欺だったら警察呼びます。」
「え、なんで!?母さん僕だよ!」
必死にそう叫んでいた。
なんとなく拒絶されている感覚どころではない。
「知りません。これ以上そこにいると警察呼びます。」
「なんで……」
「警察呼びます……帰ってください!」
そう言って、一方的にインターホンを切られてしまった。
「なんで……?」
呆然と立ちすくんでいる僕。
昔ながらの木造家屋で、現代ではあまり見かけない引き戸の玄関。
思い出した思い出は、どれもここにあるものばかりだった。
だからこそこの状況を、すんなり飲み込むことができない……
「おい、お前……ここに何しに来た!」
「え?」
不意に後ろから叫ばれてビックリして振り返ると、どこかの学校のジャージを着た先生らしき人が立っていた。
「ここはお前のような人間が居ていい場所じゃない!帰れ!」
ものすごい剣幕でそう言われると、悔しくても、悲しくても……誤解であっても、どんな感情になっても言い返すことができなかった。
「何の用事でここまできた!」
「じ、実家に顔を出そうと思って……」
「貴様、まだ分かっていないのか。この親不孝者が!今すぐこの場から去れ!」
そういった表情に、僕が弁明をする余地なんてこれっぽっちもなかった。
「す、すみません。帰ります……」
「そのままのお前に用のある者などいない。せめてちゃんとした格好になってから帰ってこい。」
「え?」
ちゃんとした格好。
今日の僕はいつもよりキチッとした格好だと思っていたのだが……
「その意味がわからないんだろう?もっと自分自身と向き合ってこい!」
もうこの場から消えろと言わんばかりのその人にお辞儀をして、少し早足で帰路についた。
ここでの生活を、ハッキリと思い出せない自分がいけないんだ。
そう思って電車が来るまでの間、ホームのベンチに座って一生懸命に記憶を辿ろうとした。
僕はただ、母親と少しだけでいいから話をしたかっただけなのに……
悲しいかと聞かれたら、そうなのかもしれない。
けれどそれを上回るように、理由を知りたかった。
ちなみに取り出したスマホの画面を見つめても、頼りになる大人は一人も思い浮かばない。
「……」
やっぱり、今の僕には分からない。
ということは、帰ってきてはいけなかったのだろう。
はあ、とため息をついたはずが、この短い言葉さえ口から出てこないまま、吐き捨てた息だけが雲一つない青空に消えていった。
何も音がしない。
こんな時はせめて風くらい吹いてくれてもいいのに、なんて感情さえもどこかに消えていった。
もう、ひとり暮らしをしてからいいことなんて何一つない。
必死に自分自身を守ろうとした結果一緒に暮らすことになった南海くんだけが、今の僕を繋ぎ止めてくれる唯一の理由なのだろう。
「ちゃんとした格好ってなんだよ……」
思い返せば思い出せなくもないような、あの人が言っていた言葉。
その意味が分かったとき、僕がここに帰ってきていい理由の一つになるのだろうか?
とりあえず、今帰ってきてはいけなかった。
理由は全くわからないけども。
時刻はまだ正午すらまわっていない、
こんな気持ちで帰りたくないなと思いつつも、どこへ行く気にもならなかった僕は、静かに自宅へと帰った。
泣きたいときに限って泣けない。笑いたいときに限って笑えない。
こんな時間を経験すると、皮肉にも大人に近づいたんだって実感する。
楽しい・成し遂げたことと泣いたり苦しんだりすることを割合で表すなら1:9と言っても過言ではない気がするんだ。
(次回は3月5日22時に投稿します)




