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もう少し……

朝の音が運ぶ声

ちょっとだけくすぐったい

こんな気持ちだけの今

あとどれだけ続くだろう


あの頃よ行かないで……

どうか どうかこのままで

あの頃よ行かないで……

もう少しだけ それだけでいいから


_______________


「おはよ。咲真くん。」

「ん、んんー……」


 休日の朝というのは、なぜこうも心地が良いのだろう。

 そんなことを考えながら開いた目に映ったのは、ニコニコしながら真っ直ぐ見つめてくる南海くんだった。

「あのさ……やっぱり狭くない?」

 同居初日に押入れから毛布を引っ張り出していると、それを見ていた南海くんが「一緒になればいいのに。」なんてことを言ってきた。

 なんとなく予想していたことだったが、僕としては寝る場所だけは分けないとと思っていたから、少し戸惑ってしまった記憶がある。

「よく眠れた?」

「うん……顔、近くない?」

 一人暮らしの僕の家にあるのは、当然ながらシングルベッド。

 そこで男が二人で寝るというのは、相手が小柄であろうと狭い。

 だから寝返りを打つタイミングによっては、相手の寝息がハッキリ分かるくらいに近寄ってしまう。

 そして、それが今まさに起きているのだ。

「僕だけの特等席だもん。」

 そう言って胸に顔を埋めてくる。


 なんだかなあ……


 (僕にとっては)突然の出会いで、そこまで日にちが経っているわけでもない。

 依存体質なんて考えたこともあるけれど、それならそうと言える理由が分からない。

「もしかして僕たち、昔会ったことのある関係だったりして。」

「なんで?」

 キョトンとした表情で僕のことを見つめてくる。

 その答えは、きっと南海くんも知らないのだろう。

「……咲真くんは、なんで僕を泊めてくれるの?」

「それは……」

 その答えは僕にだって分からない。

 あんな場所と場面を経験したことがなかったから、咄嗟に手を引いて帰ってきた……それだけだと思う。

「南海くんがリラックスできてるなら、良かったよ。」

「えへへっ。」

 そう言って僕の胸元に顔をスリスリしてくる。

 今の感情と感覚を言葉にするなら、少し気味の悪い幸福感といった感じだろうか。

 それでも、ここにいる南海くんの事情を知っているのは、あの大人たちを除いてきっと僕くらいなのだろう。

 ご両親のことも分からないし、親戚の人のことも南海くんは話そうとしない。

 こんなことってあるのかなあって思いつつも、それならば僕だって同じようなものだ。

 仲違いをしたわけでもない実家から拒絶されている感じがするこの感覚も、きっと似たようなものなのかもしれない。

「とりあえず起きよう。今何時?」

「分かった!八時くらいだよ。」

「……ん、そんなもんか。」

 ゆっくりと起き上がって大きく身体を伸ばしてから、ベッドを離れてコップにコーヒーを注ぐ。

 食器くらいは揃えないとと思って適当に選んだ、お揃いのコップ。

 小さい吐息を漏らしながら机に並べてると、南海くんがはにかみながら見つめていた。

「なんか夫婦みたいだね。」

「それは、いくらなんでも……」

 同棲したてのカップルならまだしもって思ったところで、ああ自分もなんだかんだ受け入れようとしてるじゃんって、少しだけ客観的に見ることができた。

「さてと。」

 さすがにコーヒーだけの朝にするつもりはなく、シリアルフレークとドライフルーツを小皿に盛って、少量のヨーグルトをかけた。

 牛乳ではなくあえてヨーグルトをかけるのは、僕の数少ない習慣。

 さっぱりと食べることができるし、シリアルがふやける速度をおさえるような気がして、なんとなく好んで選択している。

「ほい。」

 手早く支度を済ませて、二人向かい合って座った。

「いただきます!」

 まるでお腹をすかせた子どものように、嬉しそうに食事をしている南海くんを見ていると、「たっぷり食べなさい。」という一言が頭を歩き回る。

「どうする、どこか行く?」

 数少ない、僕にとっての休息の時。

 少し靄がかっている心の内も、とりあえずしまっておくことにした。

「んー。今日はこのままがいいな。」

「あ、そう?」

 外を見ると雲一つない快晴で、絶好の行楽日和。

 ゴールデンウィーク直前の、ある意味貴重な休日なのに。

「もうちょっとで分かるから大丈夫だよ。」

「……?」

 何がなんだかわからずに困惑している僕を見て、南海くんが一瞬だけ悲しそうな表情をしたのを、僕は見逃さなかった。

 しかしすぐにありったけの記憶を掘り起こしてみたが、それらしき記憶は一ミリの断片さえ見つからなかった。

 それにしても、今日はなんだか身体が軽い。

 いや、なんだかというか明らかに身体が軽く、視界が明るく澄んでいる。

 普段は聞こえる車やバイクの音、朝を奏でる雑踏も声も、何も聞こえない。

「……まあいいか。」

 向かい側で美味しそうに食べている南海くんを見て、とりあえずどうでもいいかなって……、そう思うことにした。

「もうちょっとだけ分かるといいんだけど。」

 南海くんのことはもちろん、担任と校長が提示してきた三ヶ月という期日の根拠。

 これではまるで……

 いや、そんなことはない。

 そんなはずがないし、これを考えるとキリが無くなる。

 目の前にいるのは、知らない間にどこかで話が進んでいて、なぜだかわからないがマイノリティという理由だけで僕と一緒に暮らすことになった転校生。

 きっとこんなことを引き受けるのって、あの集団の中では僕くらいなのだろう。

 だからきっと、選ばれたんだ。


 サワサワ、サワサワ……


 どこからか聞こえてくる、心地が良いようで不自然な何かが擦れる音。

 その音に耳を澄ませていたら、少しずつ意識が薄れてきた……


 何もない空間。

 空気のゆりかごに身を委ねるような、そんな感覚。

 まだ朝なのに、とても充実した日の夜みたいな……


「やっぱり、もうちょっとかな……」

 なんて、どこか聞き覚えのある声が遥か彼方から聞こえた時、僕の意識は完全に何処かに誘われた。

 



(ピピピッピピピッ)

「ん、んん?」

 せっかく心地よくなっていたのに、何故か止めたはずのアラームで目が覚めた。

 眼の前には、無機質な天井。

 僕の身体は、いつの間にかベッドの上にいた。

「……夢?」

 あまりにも心地よく五感すべてを活用した夢だったから、途端に不快感が体中を駆け巡って、勢いよく体を起こした。

 時刻は午前六時。

 曜日を確認すると日曜日だった。

 だから休日だということに変わりないが……本当に夢だったようだ。

 隣にはスヤスヤと眠っている南海くん。

 起こしてしまうのも悪いかと思い、静かに立ち上がってその場を離れた。


「もう少し、もう少し……。」


 この独り言に、今の僕が気がつくことはなかった……


静かに狂いだした歯車。分かっていてもそうでなくても……

僕の心はどこか清々しい。

だから今はこのままでいいのかもしれない。

なんて……そう思っていた。


(次回は2月27日22時に゙投稿します)

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