孤独の咆哮
微笑みが懐かしい そんな僕がいた
お願いだ お願いだから ここに来て…
一人ぼっちで か細く生きてる
ほんの少し 夢を見せてくれ
何も見えない 何処かに消えた光
今の今まで きっと これからも
何も見えない 何処かに消えた光
他の誰でもない あの頃の僕へ…
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なんだろう……この感覚は。
校門をくぐった直後に身体を突き抜けた、どこからか向けられた鋭い視線。
しかし驚いて周囲を確認しても、何もおかしなところはない。
突然の出会いと同居生活から一週間ほどが経った平日の朝、僕と南海くんは毎日のように二人で登校していた。
初日こそどうなることかと思ったけれど、担任だけでなくクラスメイトたちも暖かく迎えてくれたから、いい意味で拍子抜けしてしまった。
しかし、隣りでピッタリとくっついてる南海くんを、学校全体が僕ごとひっくるめて微笑むように見てくるから少しこそばゆい……
それでも僕にとっては少しだけ肩の荷が下りたから、結果的には良かったってことになるけれども。
「こんなこともあるんだなー。」
なんて呟くくらいには、くたびれた日常を取り戻しつつあった。
「あ、そういえば体育の授業って大丈夫?」
実は先週は入れ違いで体育の授業がなく、うっかり聞くのを忘れてしまっていた。
肉体的な苦痛はないかもしれない。
それでも目のやり場に困ってしまったり精神的に辛いと感じるなら、早めに担任に言わないといけない。
「咲真くんが隣にいてくれれば、大丈夫だよ。」
「……ならいいけど、僕ってそんなに役に立つ人間なの?」
「咲真くんがいい……」
そう言って南海くんは、僕の腕をそっと掴んだ。
自宅でもお風呂や寝るときなど気をつけているけれど、初日にあれだけでかい口を叩いたわりには、僕自身同性愛のことに関しての知識は乏しい。
だからあの時校長たちに強く言ったわけで……
それでも気にしすぎるのも違うと思うし、僕が思う最低限の気配りくらいで、後は南海くんからなにか言われたらその時に行動すればいい。
ちなみにこの一週間の間にそういう事があったかといえば、全く無かった。
だから正直、ここまで好かれる理由がいまいち分からない……
「おっす咲真!」
「うえ!」
唐突に背中を叩かれて振り返ると、クラス委員長の宮本あかねが意地の悪い表情を浮かべて立っていた。
「何だよいてーな。」
「んー?相変わらず仲がいいなって思ったのだよ!」
エッヘンと言わんばかりの表情と格好で言われたその言葉に、呆れ半分安堵半分といった気持ちになった自分がいた。
まだ南海くんが転校してくる前、委員長だけが唯一の話し相手だった。
本当に、ほんの少しだけど……
クラスで話しかけてくることは無かったし、僕からも話しかけることはなくて、こうやって外で鉢合わせたときに少しだけ会話をするくらい。
だから、どうせ委員長という立場の面目を保つためって感じなのだろう。
ちなみに僕の性自認に関しては、南海くんのマイノリティと併せて委員長だけが知っている。
……委員長がアウティングしていなければ、の話だが。
「…てか今登校?いつもこの時間なの?」
現在時刻は八時十分頃。
決して遅い時間ではないが、毎朝一番最初に登校して花瓶の水を取り替えているという、なんとも優等生らしい噂を日頃から耳にしている。
だから、てっきりもっと早く登校しているものだと……
そしてそれ以上に不思議なことがある。
「あのさ、僕達の教室に花なんてないけど、どこにある花を世話してるの?」
「んー?それはだなあ、神のみぞ知る場所なのだよ。」
「なんだそれ、校長室にでもある花の世話でもしてんの?」
「私を何だと思ってるのさ!そのうち見せてあげるからもうちょっとだけ待ってよ。」
「それじゃあ先生と話があるから!」と言って、風が吹くように去っていった委員長を見た僕は、無意識のうちに小さく静かに息を吐いた。
その様子を見ていた南海くんは「敵わないなあ。」と言って視線を落としてしまった。
「そういう関係じゃないって…ていうか僕ってそういう対象だったの?」
「…うん、格好いい。」
そうか……
別に嫌ではないけれど、こんな経験がないから心に深く突き刺さるなにかがあった。
「ありがとう。」
そう言って静かに頭に手を置くと、とても嬉しそうにはにかんで「えへへっ。」とはにかんだその表情は、とても魅力的だった。
さてと。
もう少しでゴールデンウィークとなる教室の中は皆どこか浮足立っているようで、皆授業に集中できていない。
特に予定のない僕には関係ない話だけれど、隣りに座っている南海くんはソワソワしていた。
「行きたい場所とかあるの?」
「ふえ!?」
そんなに驚かなくても……と思うほどにびっくりした様子をみると、なんだかクスッと笑ってしまう。
「行きたい場所っていうか、何ていうか……一日だけ出かけてもいい?」
「え、一人で?」
「うん。すぐ帰ってくるから。」
なんだろうと一瞬考えたが、もしかしたらご両親のお見舞いかもしれない。
……もしそうなら僕も一緒に行きたいけれど、色々事情もあるだろう。
僕も実家に帰ろうかな。
そんなことを考えたけれど、日頃から実家から拒絶されている気がしているから、どうも乗り気にならない。
それにしても……
あの大人たちは、なぜ明確に期間を三ヶ月にしたのだろうか。
南海くんのご両親のことを考えても……いや考えることができない。
どんな人なのか僕は全く知らないし、どんな状況にあるのかも知らないからだ。
南海くんに聞こうにもどこまで踏み込んでいいのかわからないし、だからといってこれ以上担任や校長と話をしたくない。
別に深い意味がなければ、それはそれでいいツッコミ材料になるだけだが、しかしそんな大人のようには思えない。
「ほかに行ってみたい場所とかあったりする?」
「えー、そうだなぁ。」
少しだけ考え込んでいる南海くん。
行きたいところが多いのか、思いつかないのか、そもそも特にないのか。
マイノリティを証明しろと言われても、そんなもの初めから負け戦の確定演出のようなもの。
僕一人にどうしろっていうんだ。
だから精一杯楽しんだ事実も、一つの答えになるだろう。
「咲真くんの思い出の場所に行きたい。」
「……どこだろ。」
思い出のある場所。
これは今の僕にとって、あまりにも縁遠い質問な気がする。
どこにも思い出がないというわけではないけれど、誰かを連れて行けるほどの場所があるかと聞かれたら……
地元に帰るなら一人で行くし、そもそも帰ろうと思わない。
というか、あの場所にはここ以上に居場所なんかありゃしないから、帰れない。
「考えとくわ。」
「うんっ。」
まるでデートの約束のよう。
こんな会話も悪くないかも……
「ん、え?」
なんて思ったのもつかの間。
一瞬だけ周囲の音が完全に消えて、まるでこの世でない空間に飛ばされたような感覚があった。
しかし驚いて周りを見ても、皆変わらず話に花を咲かせていた。
ただ一人を除いて……
「…なに?」
こっちを見て神妙な面持ちになっていたのは、委員長だった。
「ううん。元気になって良かったって。居場所が見つかりそうだなって。」
「何だよそれ。母親みたいなこと言うなよ。」
「あはは、ごめんごめん。」と言って、委員長はバツが悪そうに目を逸らした。
なんだ?
確かに居場所は変化があったかもしれないけれど、体調に関しては変わりないどころか、内心ではちょっとだけ疲れていたりもする。
これが人間らしいと言われたらその通りだと思う。
しかしあんな表情になるまで心配されていたとは……
世の中捨てたものじゃないなって思うと同時に、申し訳ないなっていう気持ちが頭の中を駆け巡った。
それがたまらないくらい居心地が悪くなってしまった僕は、時間を確認してからそっと教室を離れた。
いまさらなんなんだよ。
あんな表情をするくらい心配してくれてたなら、今までもう少し気にかけてくれたても良かったじゃないか。
男のグループにも女のグループにも混ざることができなくて、「何が違うんだ。」「これって僕が変なのか?」なんて自問自答しながら、必死に社会に適合しようと努力してきた。
積極的に発言すればなんて考えで口から出てくる言葉は、どれも社会の規範とはどこかかけ離れたものばかり。
それなのに批判もされず、ただ無視されるだけの日常が嫌になって……それでも自分のことを知ってもらいたくて、ここまで頑張ったんだ。
「なんだかな……」
枯れきった涙を流しながら、いつもの場所に逃げ込むように潜り込んだ。
次の授業は担任の授業だし、最近まともに受けていないから別にいいだろう。
「クソが。」
こんな悪態をつくのも日常茶飯事、のはずだった。
しかしこの一週間……南海くんと出会ってからの僕は、この考えから少しだけ遠ざかっていたと思う。
それでも物心ついたときから感じていた違和感というのは、そう簡単に拭えるものじゃない。
戸籍上は男だから。
今まで必死にそう言い聞かせて、ゴツゴツとした身体だって、全く望んでいなかった変声期だって、誰にも悩みを打ち明けずに頑張って飲み込んだ。
誰も悲しませたくなかったから……
でも……
もしここで僕が死んだら、本当に涙を流してくれる人なんかいるのかなって、そんなことを考えることもある。
どこからか香る線香の匂いを不思議に思いつつも、今までの苦労に比べたらミジンコのような異変でしかないと考えている僕は、やっぱり疲れているんだ。
生きる光りに包まれるほどにハイコントラストで現れる、ノイズだらけの黒い影。
誰かを助けられる存在になりたい。
誰かに必要とされる人間になりたい。
孤独に慣れたら、その先にあるのは果てしない闇の塊なんだ。
「普通ってなんだよ!僕は異常者なのか!?おかしい人間だ?他責な人間だ?自分で十年以上考えて僕なりに出した結論を、仕方ないよとか頑張ろうねとか、そうやって責任逃れしていつの間にか距離を置くやつしかいないじゃねーか……」
だれもいない場所で叫んだ声は、その節々にあからさまなトゲを残しながら、僕を静寂へと誘った。
先生は皆、将来のために頑張れなんて無責任なことを言ってくる。
でも将来を考えて今を精一杯生きても、一秒先の足元を保証することなんか誰にもできやしない。
生きることは人生最大の変数で、死ぬことは最も身近な定数
愛が欲しい、愛されたい…。
同情なんかじゃなくて、数%だけでもいいから理解をしてくれる人が欲しい。
生きるために争いは避けることができないのだろう。
でも、それなら僕は誰と戦い続けてるんだ?
自分自身をすり減らして凹み続けて、それでも「まだ大丈夫」「まだ頑張れる。」って心のなかで必死に言い訳をして、流せない涙を流す…。
だからただ、こんなことを願う。
「夢が見たいよ……」
「人はなぜ死を選ぶのか?」というテーマが、時々メディアでとりあげられる。
しかしその本質は「なぜ生き続けられるのか?」という問いにある。
将来を見据えることはできても、一秒先の自分に生の確信が持てる人なんていない。
だから判断をし努力をする。
それでも昨日は右側が正解だったのになぜか今日は後ろを向くことが正解になるくらい、不確実で苦しいのが人生。
強い光を求めるほどに色濃くなる、自分の影。
生きることと死ぬことは対にあるものではない。
生まれた瞬間からずっと隣り合っていて、グラデーションのように重なっているんだ。
(次回は2月20日22時に゙投稿します)




