散りかけの桜
本日より連載をスタートします。
毎週金曜日22時に投稿をする予定ですので、何卒よろしくお願いします。
いつだって一人ぼっち なんてことはないけど
望んだのかと聞かれたら そんなことはなくて
どこだって一人ぼっち これが生きるってことなら
優しさのありかは どこにもないだろう
夢見る先に何がある 孤独の先に何がある
果てしない闇の中で 手を探り続けた
夢見る先に何がある 孤独の先に何がある
いつか誰かに会えたら なんて ただの我儘かな…
_______________
「あーあ。つまんねえー……」
昼休みの屋上で、一人っきりで静かに呟いた少年がいた。
「なぜ僕はこんなところで、一人寂しく昼ご飯を食べているのか……」
その少年は校舎の隅っこにある小さなスペースで、必死に居心地を定義づけていた。
どうせ今頃クラスの連中は、みんなでわいわい楽しく食事をしているのだろう。
そう思うのもなんだかこなれてきて、もはや虚しさすら感じないようになってしまった自分は、客観的にどう見られているのだろうか。
はみ出しものか、寂しいやつか……それとも一人でいるのが好きなやつだと思われるか。
辛くなるだけだからよせばいいのに、こういうときに僕の心は身勝手な自己分析をはじめてしまうから面倒くさい。
暗黙の了解を含め、世の中の決まり事にも過敏に反応して疑問を持ち、そのたびに意見が本質から逸脱した独りよがりなものになってしまう。
その結果、誰からの共感も得られぬまま孤立してしまうのが、人生の一部として定着してしまっている。
ちなみに僕の名前は咲真結。
さくまゆうと読むが、他人との繋がりを尊重できる人間になるようにと、両親がつけてくれた名前だ。
これもまた、今となっては少しだけ重荷に感じてしまうのが情けない。
この学校は、多様性を尊重し、認め合う社会を目指す教育なんて理念をスローガンにしている。
謳い文句として間違ってないのかもしれないが、いざここで生活をしていると思うことがある。
多様性ってなんなんだ?
自分は自分でいればいいし、他人は他人でいればいい。
そこに認め合うもなにもないだろうと……日々疑問が膨れ上がる。
しかしこんなことを意見しても、一次情報に支配されているマジョリティに丸め込まれるのが、今の世の中なのだろう。
「少数派が主語になるのは、それはそれでおかしいんだけど。」
そんなことを呟きながら菓子パンを食べていると、思っていたよりも時間が早く進んでいた。
「戻りたくねえな……」
なんて、そうはいっても戻らないわけにもいかず、ダラダラと教室に戻る準備をしていたときだ。
誰も居るはずがないと思っていた背後から、不意に声をかけられた。
「お、こんなところにいたか、探したぞ。」
「……なんすか?」
そこにはクラスの担任が、呆れたような表情で僕を見ていた。
「今度は何の説教ですか?こんなところに呼ばれる筋合いないんですが。」
僕にとってはこの担任も、信用ができない人物の一人なのだ。
「ここは穏便に済ませてくれないか?」とか「次のホームルームで体育祭の競技を決める多数決があるんだが、時間がないから多数の方に手を上げてくれ」とか、わけのわからないことを言ってくるから、どうにも信用ができない。
「……次の時間ってホームルームですよね。言われなくてもちゃんとやりますよ。」
半ば投げやりのように吐き捨てたその言葉を切り離して、僕はさっさとその場を去ろうとした。
「いや咲真違うんだ!今回は折り言って相談があるんだ。校長も交えて……」
「なんすかそれ……ついに僕は退学ですか。」
「それはない。今回はお前の貴重な意見が役に立つかもしれないんだ。」
なにが貴重だ、それならもっと早くから使える場面があったのに。
「本当に申し訳ない。ただ今回は……力を貸してほしい。」
そう言って担任は、深々と頭を下げてきた。
「……いややめてよ。」
困惑して立ち上がった僕を連れて、校長室の隣にある応接室に案内された。
「失礼します。申し訳ございません校長、遅くなりました。」
入室するなりヘコヘコ頭を下げている担任を冷めた目で見ながら、僕もとりあえず軽く会釈をして、指示された座席に腰をおろした。
毎週の朝礼で見慣れている校長と……まるで小学生のような小柄で華奢な男子が一人、対面に座っていた。
てっきり注意の一つでもされると思っていたから、この状況は少し予想外だった。
「君が咲真君だね。話はよく聞いているよ。」
「はあ……どうせろくでもない話ですよね。」
別に校長に対しても態度を変えるつもりなんてない。
隣りにいる担任の表情と強張って震えている様子から、容易く察することができたからだ。
これが手前に座っている校長の、本当の姿なのだろう。
「はっはっは!確かにそういうことも聞くけどな。その特性をどうにか活かせないかと考えていたんだ。」
余計なお世話だ。
僕の主張なんか受け入れてくれる方が不思議なくらい、僕だって自覚してるさ。
「それじゃあ……挨拶できるかな?」
こんな僕の考えなんて気にもとめていないといった表情の校長は、隣りにいる見知らぬ男子生徒に優しく声をかけていた。
「あ、あの……」
しどろもどろになっているその人をみるとだんだんイライラしてしまった。
「あの!まずここに呼ばれた理由から教えてくれませんかね?とりあえず来てと言われついてきてみたら、僕の特性を活かせるかなんだと言われ……この人も誰なのかわからないし、少しだけでも説明ってないんですか?」
貴重な昼休みを取られた……というよりは、何がなんだかわからないこの状況がとてつもなく居心地が悪かった。
「俺達のクラスに明日から転校してくる生徒なんだ。」
さっきまで黙りこくっていた担任から聞いたその言葉に、なるほどという言葉とだから何なんだっていう言葉が頭の中を駆け巡った。
例えるなら、両耳で音量MAXのエレキギターをかき鳴らされるような、めちゃくちゃ不快なノイズ……
「急な話ですね……でも、どうせ委員長にも言ってないんですよね?なんで僕に言うんですか。」
「……やっぱり分かるのか?」
「やっぱりってなんですか。昼休みに校舎の端っこでダラけてた僕のことを探しに来て、変な顔してこんな部屋につれてきて……気が付かないほうがおかしいですって。」
なんて、本当だったらこんな勘の良さも、必要ないものなんだけど……
「す、すみません……」
終始うつむきがちな転校生は、申し訳なさそうに声を絞り出した。
「あ……」
確かに今の僕には、言いたいことが山程ある。
しかしこの転校生にとっては、僕以上にここが未知の世界であって、今この場で一番尊重されなければならないのはこの人だった。
「えっとー。校長、僕がここに呼ばれた理由をもう一度教えてください。」
「ああ、そうだな……」
そう言ってツラツラと話し始めた内容をザックリとまとめるとこういうことだ。
転校生は都内の別の公立校に通っていたが、そこでひどい虐めにあってしまい、両親のすすめのもと多様性を推進しているこの高校に転校を決めた、というらしい。
「なるほど……あの、名前って聞いてもいい?」
「は、はい!……南海歩っていいます。」
素敵な苗字だなと、直感的にそう思った。
「ありがとう。素敵な名前だね。僕は咲真結、その……よろしくね。」
何気なく右手を差し出した僕を少し驚いて見ていた南海さんだったが、今までの緊張が嘘のように晴れ渡った表情になって勢いよく僕の手を握り返してきた。
「はいっ、よろしくお願いします!」
……なんだろうこの感情のジェットコースターは。
思わず驚いた僕だったけれど、もしかしたらこの人なりの精一杯なのかもしれないと思って、優しく握り返した。
「……お前たちならうまくやっていけそうだな。」
「あのですねえ……」
せっかく少し良くなった空気感の中で能天気にそんなことを言った校長に、僕は心底あきれてしまった。
「僕に求めてるのはなんですか?」
「お前、少し前にマイノリティだって言っていたそうじゃないか。南海くんもそうなんだよ。ゲイだそうだ。同じ境遇同士、一緒のほうがいいだろう。」
「はあ?」
何を言っているんだこの人は?
マイノリティ同士一緒の方が良い。
こんなふうに僕は聞こえたのだが。
「ふー……」
僕は心を落ち着かせるために静かに息を吐いて、言いたいことのすべてをグッとこらえた。
「で、具体的に僕は何をしたらいいんですか?」
「おお、良かった。納得してくれたか。」
そんなわけあるか。
「この子の両親が仕事の都合でしばらく家を空けているそうなんだ。おおよそ三ヶ月間らしい。その間、君が気にかけてくれ。」
「え?学校のことじゃないんですか?」
「そのとおりだ。」と言って校長は事情の説明を続けた。
その話の内容がぐちゃぐちゃだったので整理すると、どこからかわからないが僕が一人暮らしをしていることを知った校長が、そのことを南海くんの両親に話したところ、迷惑じゃなければそこで生活をさせてもらいたい、ということだ。
「えーっと?話された内容をたどる形で質問させて、というかさせろって感じなんですけど。まず僕の家庭と生活事情はどこで手に入れましたか?」
「君の担任に事情を聞いたんだ。」
「はあ!?」
バカじゃねーの?といった表情で横にいる担任を睨みつけると、「まあまあ。」となだめるような表情でこっちを見ている。
「あー……もういいや。僕の家は一人増えても問題のない広さはあります。ただこういうのって南海くんのご実家の都合があるにしても、僕に対して事前に何も説明もないんですか?」
「それはな……」
そう言って一旦校長は言葉を止めた。
なんて言おうかと、少しだけ考えているようにも思える……
「事前にいったら君は反対すると思ったからだ。」
「当たり前でしょう!」
僕は思わず声を荒げて席をたった。
きっと校長は普段の僕の素行を知っていて、その対応策としてこんな極端でバカなことをしてきたんだ。
「ごめんなさい……」
僕達のやり取りを見ていた南海くんは、俯きながら呟いていた。
正直この人ともさっき初めて会ったから、安易に味方をしていいのかわからない。
しかし……
「校長、マイノリティと言っても様々なんですよ?」
「ああ、それはなんとなく聞いている……まずかったか?」
聞いているだけで理解していない大人の模範解答。
これでは想像以上に……深く関わっていくことになるかもしれない。
「南海くんはゲイだと言いましたよね。その言葉を南海くんの了承の上で言った言葉だと仮定して話を進めます。ゲイっていうのは、誰を好きになるかという指向を示す言葉なんです。僕はXジェンダーですが、それはあくまでも僕自身の性別に関わることなんです。ここ分かってますか?」
LGBTQという言葉は、メディアなどで度々取り上げられる、様々なマイノリティを指し示す要約のようなものだ。
しかしこの言葉には大きな欠点がある。
当事者として否定はしないが、百歩譲ってもLGBとTQは分けないとおかしなことになる。
LGBというのはどのような性別の人を好きになるか、一緒にいて違和感や苦痛を感じないかということ。
対してTQは自己の性自認、つまり自分自身のカテゴリーを示す言葉という言い方でいいだろうか。
つまり南海くんの場合は前者、僕の場合は後者ということになる。
「僕は、一緒に暮らすのを反対はしません。ただ……おかしいでしょう。」
これが僕の率直な外面としての意見である。
正直に言って、今日知り合った人と一緒に生活したいとこれっぽっちも思わない。
ご両親のこともよく分からないし、三ヶ月というのも胡散臭い。
しかし目の前で萎縮しまくっているこの人にも、一応の配慮というのは必要だろう。
「お前は普段、色んな人に迷惑をかけているそうじゃないか。」
「……は?」
「自分の意見ばかり貫き通そうとして、クラスメイトも迷惑しているだろう。」
何を言っているんだこの人は?
確かに僕はクラスで腫れ物扱いされてると思っているし、その自覚はある。
しかしそれをなぜ今?
「お前に特別試練を与える。マイノリティを自称するのならそれを証明してみせろ。リミットは今日から三ヶ月間でいいな。」
「……何を持っての証明ですか?」
「みんなと共存できる納得の行く根拠を示してみろ。」
「できなかったら?」
「その時考える。」
そんなの不可能に決まってる。
これは個人や団体の間でどうにかなるような問題ではない。
政府でさえ何年も議論をしても答えを出せずにいることを、何の専門知識も持たない僕が三ヶ月で結論を出せというのは、やはりどう考えても不可能だ。
つまり……
「分かりましたよ……一緒に暮らせばいいんですよね?どうせクラスも一緒と。」
「理解が早くて助かるよ。荷物は君の家に届くらしいから、寄り道せずに帰るんだぞ。」
分かってるよそんなこと。
その時応接室の扉が開いて、「失礼します……」と困惑した表情を浮かべた学級委員長が、僕のバッグを持ってきた。
今日はこのまま、公欠扱いでこの転校生と一緒に早退をしろということらしい。
「校長、とりあえず今日の最後に聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「校長はマイノリティの反対側、マジョリティについて、考えがあったりするんですか?」
少しだけ校長は考える仕草を見せてからキッパリとこういった。
「大人になれば分かることだ。だから生徒たちには多様性の授業のもとにその準備をさせている。だから君がそこまで言うのなら、思うようにしてみろということだ。」
そう言って校長は応接室を後にした。
なんだか自分が思っている以上にとんでもないことになっている気がする。
「先生。」
「な、なんだ?」
隣りにいる担任の顔を一切見ずに、静かな声で口を開いた。
「今日って何月何日でしたっけ。」
「4月15日だが……」
「そのとおりですね。高校二年生になって間もないですが、今日以降僕はあなたに対して一切の不満も言わないし、意見もしません。だからあなたも僕のことは気にしないでください。」
隣を一切見ずに、そう言った。
「お前なんか教師じゃない。」
それだけ言い残した僕は、オロオロしている転校生の手を取って、学校を後にした。
次回は2月6日22時に投稿します。




