第五話 禁じられた介入
記録殿を出たあと、
ミコはしばらく、白峰と並んで歩いていた。
言葉はなかった。
神域の回廊は相変わらず白く、
整えられ、静かで、正しい。
――それが、
今はひどく遠く感じられた。
「……禁忌、って」
ミコが口を開いたのは、かなり歩いてからだった。
白峰は足を止めない。
「知りたいなら、覚悟しろ」
低い声。
「神域の禁忌は、破った時点で“理由”を失う」
「理由を……失う?」
「正しかったかどうかを、問われなくなる」
ミコは、息を呑んだ。
白峰は、ようやく足を止め、神域の縁――
人界を見下ろす場所へと立った。
白の下に、淡く色づいた世界が広がっている。
「神は、人界に直接介入しない」
それは、神域で最も基本的な決まりだった。
「祈りを受け、応じることは許されている。
だが――」
白峰は、指先で空をなぞる。
「個人を選び、救うことは禁じられている」
ミコの胸が、嫌な予感で満たされた。
「じゃあ……」
「お前の父は、“選んだ”」
白峰は、それ以上ぼかさなかった。
「消えかけた祈りの中から、ひとつを拾い上げた」
第四話で見た、あの土地神の影が、脳裏に重なる。
「偶然ではない。意図的な介入だ」
「……それは」
助けた、ということなのか。
白峰は、ミコの視線を遮るように言った。
「結果はどうあれ、禁忌は禁忌だ」
「神域は、均衡を崩す行いを許さない」
その言葉は、冷たく、正論だった。
ミコは、胸元の勾玉に触れた。
微かに、温もりが残っている。
「……父は、後悔していましたか」
白峰は、一瞬だけ黙り込み、そして答えた。
「していない」
即答だった。
「裁定の場でも、一度も」
ミコは、目を伏せた。
それが、父の選択だった。
神域の空は、変わらず白い。
けれど、その白が、どこか薄く見えた。




