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神使見習いは、まだ空を飛べない ー神と人のあいだで、選ぶ物語ー  作者: 月代


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第九話 裁定の夜

 神域の空が、その日だけは少し暗く見えた。


 白は白のまま、

 けれど、どこかに夜の気配が混じっている。


 それが、裁定の前触れだった。


 神使たちは、いつもより静かに回廊を歩いている。


 声を潜める必要などないのに、

 自然と、そうなっていた。


 ミコは、胸元の勾玉を握りしめていた。


 今日は、ただの傍観者ではいられない。


「……来るぞ」


 白峰が、低く告げる。


 鈴のような音が、遠くから響いた。


 裁定の間へ集う合図。


 ミコの足が、一瞬だけ止まる。


 怖くないわけじゃない。


 けれど――

 ここまで来て、引き返す場所はもうない。


 裁定の間は、以前よりも広く感じられた。


 円環の光が、いつもより強く脈打っている。


 神々の気配が、重なり合い、

 空間を満たしていた。


「本日の裁定を開始する」


 重なる声が、静かに響く。


 今回の対象は、人界の片隅に残る、小さな土地神。


 ――七話で訪れた、あの社の主だった。


 記録が、宙に展開される。


 祈りの数。

 参拝の頻度。

 土地の変遷。


 どれも、結論は一つを示していた。


「役目は終わった」


「存在の維持は、均衡を乱す」


 裁定の光が、ゆっくりと集まっていく。


 ミコの胸が、ぎゅっと締めつけられた。


 勾玉が、強く脈打つ。


 ――今度こそ。


 逃げ場はない。


 ミコは、一歩前へ出た。


「……待ってください」


 裁定の間に、その声が落ちる。


 静寂。


 白峰の視線が、鋭く突き刺さる。


 止めたい。

 けれど、止められない。


「前回と同じことを言うのか」


 裁定の声が問う。


 ミコは、小さく息を吸った。


「いいえ」


 震えながらも、はっきりと言う。


「今日は、違う理由です」


 視線を、円環の中央へ向ける。


「私は、あの社に行きました」


 ざわめきが、わずかに広がる。


「祈りは、確かにありました」


「数ではなく、続いているという“事実”として」


 裁定の光が、一瞬だけ揺れる。


「それでも、基準は変えられない」


 冷たい声。


「均衡は、感情で守るものではない」


 ミコは、

 うつむきかけて――

 顔を上げた。


「分かっています」


「だから、私はお願いをしに来たんじゃありません」


 白峰が、目を見開く。


「……何だと」


 ミコは、胸元の勾玉に手を置いた。


「私は、この裁定を“引き受けに”来ました」


 空気が、一瞬、止まった。


「もし、存在を残すことが均衡を乱すなら」


 ミコは続ける。


「その歪みを、私が背負います」


 神々の気配が、ざわめいた。


「……境界の子」


 誰かが呟く。


「それは、お前が“介入する”という意味か」


 ミコは、ゆっくりと頷いた。


「はい」


「父と同じことを、するかもしれません」


 白峰の拳が、ぎゅっと握られる。


「だが――」


 ミコは、続けた。


「私は、ひとつだけ違います」


 視線を上げ、円環を見渡す。


「私は、隠れてやりません」


「裁定の前で、宣言してやります」


「それでも、それが禁忌なら」


 一瞬、言葉が詰まる。


 それでも、逃げなかった。


「……その罰を、受けます」


 静寂が、長く続いた。


 やがて――

 月の光が、静かに広がる。


 ツクヨミの気配だった。


 声はない。

 けれど、確かに“見ている”。


 ミコは、その視線を正面から受け止めた。


 怖かった。


 それでも、目を逸らさなかった。


「……裁定を、保留とする」


 再び、その言葉が告げられる。


 だが、意味は前回と違っていた。


「境界の子の申し出を、審議対象とする」


 それは、猶予ではない。


 選択肢だった。


 裁定の間を出た後、白峰は、ミコの前に立った。


「……愚かだ」


 低い声。


「だが」


 一瞬、

 言葉を探して――

 続ける。


「お前の父も、同じ目をしていた」


 ミコは、小さく笑った。


「……そう言われると、少し安心します」


 神域の空は、相変わらず白い。


 けれど、その奥で、

 夜が確かに動き始めていた。


 次の裁定で、

 決まるのは――

 ひとつの神の運命と、ひとりの少女の未来だ。


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