第8話 退屈を持て余した純情な俺達は、恋人ごっこを始めることにした
しばらくそんなやり取りをして笑い疲れた頃に、俺達は我に返った。
「なにやってるんだろうな、俺達……」
「ほんとだよ……」
がっくりと項を垂れながら、屋上のフェンスに寄りかかる。
いつもなら美千瑠とのじゃれつきのあとに、「お前らほんと仲良いなー」なんて、真宙と結菜が笑ってくれていた。
けれどもしかしたら、そういうことはもうなくなるのかもしれない。
「あーあ、真宙くんと結菜は恋人同士かー……」
美千瑠が流れゆく雲を見上げながら呟く。
「二人お似合いだもんね」
「そうだな」
真宙も結菜も穏やかで優しくていつも笑っていて、きっと俺達よりも気が合っていたのだろうなと思う。美男美女でもあるしお似合いのカップルだ。
「恋人同士ってさ、どんなことするのかな?」
「は?」
「……私、恋人っていたことなくて……」
美千瑠のその言葉は実に意外だった。
美千瑠は結菜とは違うタイプの美人だ。結菜は清楚で大人しいが、美千瑠は明るくノリもいい。クラスでも男女共に友人が多かったはずだ。そんな美千瑠がモテないわけがない。過去に彼氏の一人や二人いたものだと勝手に思い込んでいた。
俺の反応をどう思ったのか、美千瑠はぷくっと頬を膨らませた。
「凍華、また私を馬鹿にしてるんでしょ? 高校生にもなって彼氏がいたことないんだーって」
「あ、いや……」
「違うの?」
ついこの前まで義務教育を受けていた俺達が、高校生二カ月目で恋人がいる方が珍しいのではないだろうか。
それはもちろん中学生の頃からモテてモテて仕方がないという人は恋人がいるのかもしれないが、何かの雑誌のアンケートで見た、『高校生 恋人いる? いない? の確率~☆』は八割くらいがいないと回答していた気がする。恋人がいなくても今は推し活や個人で楽しいこともたくさんある。
「どんな偏見の世界で生きてきたのか知らないが、高校生は大抵恋人がいないと思う」
「え! そうなの!?」
心底驚いたように大きな瞳を更に大きくさせる美千瑠。
お前の界隈はみんな恋人がおるんか? と思いつつも、「なんかの雑誌のアンケートで見た。俺も彼女いたことないし」とフェアになるよう自分の情報も開示しておく。フェアかどうかなんて気にする必要もないと思うけど、なんか知ってはいけないことを知ってしまったような気がしてな……。女子ってそういうの気にするだろ?
「そうなんだ……」と美千瑠はほっとしたように胸を撫で下ろす。
思ったより可愛いことを気にするのだな、と素直に思った。
「でもやっぱり憧れるよね、恋人って。いかに人の心が分からない凍華でも、さすがに彼女は欲しいでしょ?」
「お前本当に一言余計だな……。まぁ、欲しいけど……」
友人達がいればそれでいいと思っていたのだが、友人関係も怪しくなってしまった今、彼女がいてもいいのかもしれない。放課後は暇になるだろうし。
なんてそんなことを思ったところで、簡単に彼女ができるわけでもないのだが。
「じゃあやっぱり、私達も付き合おうよ」
美千瑠の言葉に、俺は盛大にため息を吐き出す。
「だからもうその冗談はいいっつの」
「冗談じゃないよ」
「は……?」
「今度は本気」
美千瑠は俺に真正面から向き合うと、俺を真剣に見つめる。
「恋人に憧れがあるんだよね。真宙と結菜はこれから経験するんだろうな、って思うとやっぱりすっごく羨ましくて」
「け、経験……?」
美千瑠の言葉にごくりと喉が鳴る。
何を言うのだろうかと耳を澄ませる俺に対して、美千瑠はけろっとした表情のまま話し出す。
「放課後に一緒に勉強したり、クレープ食べに行ったり、休日は遊園地に行ったりしてデートするんでしょ? そういうのめっちゃ憧れるっ!」
「ああ……、そういう経験ね……」
少女漫画の読み過ぎかってくらいにピュアな恋人プランだった。別にやましいことを考えていたわけじゃないが、なんとなく気が抜けてしまった。
まさかこいつ、恋人同士が他に何をするのか、知らないわけではあるまいな……?
「うん、そうだな。きっとそういうことをするだろうな」
俺が軽く頷いてやると、「なんか馬鹿にしてる?」と眉間に皺を寄せる美千瑠。
「してないしてない。恋人同士、そういうの憧れるよなー」
今日はさすがに疲れた。美千瑠とじゃれ合いをする気力はもうない。
「だから凍華、私と付き合ってよ」
「はぁ? それでなんで俺がお前の恋人ごっこに付き合わされなきゃならんのだ」
「だってどうせ暇でしょ?」
「う……」
放課後は毎日四人で遊んでいた。それがなくなるとなると、部活に入っていない俺達は必然的に暇になる。
入学して二カ月が経ち、今からわざわざ部活に入るというのも面倒だしそもそも浮きまくるだろう。言われてみれば確かに、これから放課後は何をして過ごしたらいいのだろうか……?
「ほら暇じゃん」
言い返せない。暇を潰す方法が思いつかない……。あ、勉学はもちろん論外だ。
「じゃ、付き合お」
「お前マジで言ってんの?」
「うん、マジ。別になにも本気で付き合うわけじゃないよ? ただ恋人っぽいことをして遊ぶってだけ」
美千瑠は軽く言ってのけるが、女子にとってこういうのはすごく大事なことなのではないだろうか。好きな人とするからこそ楽しいということもあるだろう。
「恋人っぽいことをして遊びたいって話は分かった。でも、美千瑠は本当に俺なんかでいいのか? 俺のこと嫌いだろ?」
「嫌いなんて言ったことあった? 凍華のことは別になんとも思ってないけど、一緒にいてまぁ気が楽だから、凍華でいいかなって。他に声掛けられそうな人もいないし」
「なんだその言い草……」
「良く言えば気心が知れてるってことじゃん。ま、とりあえずやってみよ、恋人ごっこ。こんな美少女と一緒にいられるんだから、凍華だって嬉しいでしょ?」
美千瑠は自身の大きな胸を精一杯張り、くいっと顎を上げた。それが人にものを頼む態度か?
「はぁ……」と俺は大きなため息をつく。
本気で付き合うわけでもなく、ただ単に恋人同士がするようなデートっぽい遊びをするだけの関係。なんとも不純な提案だが、要するに二人で遊ぼうというだけのことだ。今まで四人でやってきたことが、美千瑠と二人になるというだけのこと。
一人で暇を持て余しているよりはずっといい。俺は渋々首を縦に振った。
「……まぁ、確かに暇だしな。仕方がない、おこちゃまな美千瑠ちゃんの遊びに付き合ってやるか」
「おこちゃまって……凍華だって彼女いたことないくせに」
「その話はよせ。互いを傷付けるだけだ」
そんなわけで、退屈を持て余した純情な俺達は、恋人ごっこを始めることにした。




