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第50話 大事にしたい特別な人


 しとしとと雨の音が聞こえる。少し雨風が弱まってきたのか、打ち付けてきていた風の音が遠くなった気がする。


 狭いベッド。一枚の布団の中。


 俺と美千瑠は互いに向かい合っている。


 俺はゆっくりと手を伸ばすと、美千瑠の着ていたウサピケのパーカーのファスナーをゆっくりと下に下げていく。静かな室内に、ジジジと小さくジッパーが開いていく音がする。


 ファスナーを下げていくにつれ、美千瑠の真っ白な肌が顕になる。頂きはパーカーに隠れていて見えないものの、二つの膨らみがはっきりと目に映る。


 普段より倍以上の早さで動く自身の鼓動がうるさい。呼吸も浅いせいか、なんだか息苦しく感じる。


 俺は顕になった美千瑠のお腹へと恐る恐る手を伸ばすと、それに優しく触れた。


 美千瑠は声を我慢するように、ぎゅっと目を瞑っていた。


 このまま、先に進んでしまって本当にいいのだろうか?


 何かを期待するような美千瑠に、俺がすべき次の行動は当然想像がつく。



 けれど、俺はそれをどうにも実行に移せなかった。


 どうして行動に移せないのだろうか?


 美千瑠が求めているものはきっと、俺もすごく興味があって、出来ることなら経験したいと望むものだ。恋人同士であるなら、きっと通る道でもあるだろう。


 それなのに、俺はどうしても動けなかった。


 何故なら、俺は本当の恋人ではないからだ。


 恋人ごっこをするだけのたかが友人関係の俺が、していいようなことではない。

 それに真っ先に脳裏に過った言葉に、俺自身が酷く驚いてしまったのだ。



 美千瑠を大事にしたい。



 軽率な行動で、傷付けたくない。


 咄嗟にそう思った。


 大事にしたい? 俺が? 美千瑠を?


 大事にされずに育ってきた俺が、誰かを大事にしたいという気持ちを持っていたことが意外だった。


 その対象が、目の前にいる美千瑠であることも。 



 大事にしたい特別な人。



 それが好きということであり、恋人になりたいということなのかもしれない。




 つまり俺は、美千瑠のことが…………。



 ずっと目を逸らしてきた感情と、俺は向き合ってしまった。


 美千瑠と一緒にいるのは楽しい。一緒にいる理由は、ただそれだけだと思っていたのに。


 きっと大事に出来ない、大事にする自信もない俺が、抱いてはいけない感情だった。



「凍華……?」



 自分の中に生まれてしまった感情に翻弄されていた俺に、美千瑠が小さく声を掛けて来る。


「ああ、えっと、ごめん。身体冷えるよな」


 俺は慌てて美千瑠のパーカーのファスナーを上まで戻す。


「え……、わ、私は別に、大丈夫だけど……」


 美千瑠は急に恥ずかしくなったのか、その顔をますます赤らめて口早に言う。


「ご、ごめんね……! 私、変なこと言っちゃったかも……。い、今の忘れて! もう寝よう!」


 美千瑠は慌てて布団を頭まで被る。


 なんだかそんな些細な反応すらちょっと可愛いと思ってしまった俺の気持ちは、どれだけ止めようと足掻いても強引に進み始めてしまうもので。


「美千瑠」

「……な、なあに?」


 美千瑠はぴょこっと布団から目元だけを出すと、俺をちらりと見上げる。


「おやすみ」

「……? お、おやすみ……?」


 俺も布団を胸元まで掛け直して、ゆっくりと目を閉じた。




 俺はきっと美千瑠のことが好きだ。



 大事にする仕方なんて分からない。大事にする自信もない。


 けれど自覚してしまったものはもう取り返しがつかない。

 俺は心の中でこっそりため息をついた。


 これからの恋人ごっこのことを考えると、酷く憂鬱だ。


 俺だけが本気だというのも、正直なんだか気に喰わない。


 ちらりと横目で美千瑠を見ると、もうすっかり寝息を立てていて心地よさそうに眠りについていた。


 相変わらず入眠早えな……。さっきまであんなことをしてたっていうのに。


 なんだかますます気に喰わない。

 意識しているのは俺だけだと、思い知らされている感じがする。



「まったく……すっかり安心しきった顔しやがって……。これから覚えておけよ?」



 自覚してしまった気持ちに開き直るように、俺は美千瑠に挑発的な視線を送る。

 今まで翻弄されてばかりだった分、今度は俺がやり返してやる番だ。




 その日俺は、恋人ごっこを終わらせる覚悟を決めた。




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