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第48話 ぎゅってしたい


 俺の幼少時代の頃の話なんて、特筆すべきことは何もない。


 ごく普通の一般家庭で育ち、ごく普通の一般的過ごし方をしてきた、と思う。


 ただ、中学に上がる頃に、両親が離婚した。


 俺には一つ上の姉がいて、姉は母に俺は父について行った。姉弟仲は結構良かったと思う。今は姉さんと会うことはあまりないが、誕生日や新年など何かあるとすぐに連絡をくれる。


 ありがちな話だが、離婚する前の父と母は、毎日のように喧嘩していた。

 俺はそれがどうしても嫌で、家に帰りたくなくて、学校が終わると友達と遅くまで遊んでから帰宅した。父と母が顔を合わせるときはすぐに部屋に引き籠る。それでも二人の怒鳴り声はよく聞こえ、上手く寝付けなかったのを覚えている。

 姉も同じで、小学四年生になると吹奏楽部に入部し、土日も平日も家にいないことが多くなった。


 俺は寂しかった。


 一人家に残されるのが嫌で、友達と遊び回った。

 退屈は嫌いだ。独り寂しい気持ちを、まざまざと思い知らされる気がして。


 父も母も、俺なんて存在しないみたいに自分達のことで手一杯で、この人達は、自分以外を大事に出来ない人達なのだと幼い俺は思った。


 俺と美千瑠は似ているのだ。寂しいことが苦手。独りになりたくないんだ。


 俺は大事にされてこなかった。だから人を大事にする気持ち、好きになる気持ちがいまいち分からない。



 美千瑠としている恋人ごっこは、ごっこ遊びと言うにはとうに一線を越えていると思う。



 けれど、俺は美千瑠への気持ちが未だに分からなかった。


 美千瑠と一緒にいるのは楽しいし、可愛いやつだとも時たま思う。

 けれど、本当の恋人になれるかと言ったら、よく分からない。

 恋人は、相手を大事にできる人間が結ぶ関係、なのかもしれない。

 であるならば、俺にはその権利はきっとない。


 そもそも美千瑠も、俺に望んでいるのはごっこ遊びだけだろう。本気になる必要なんてきっとないのだ……。


「凍華? 眠くなっちゃった?」


 俺が黙ってしまったのをどう思ったのか、美千瑠は小声で聞いてくる。


「ああ、うん、ちょっと……」


 俺は小さく返した。


 わざわざ美千瑠に俺の気持ちを話す必要はないと思った。たかが恋人ごっこをしているだけの俺のことなんて、これから本当の彼氏を作るだろう美千瑠の負担になるだけだろう。


「そっか……」


 美千瑠は小さく「おやすみなさい」と呟く。

 俺もそれに「ああ、おやすみ……」と返した。


 間もなくして、隣から小さな寝息が聞こえ始めた。


 寝るの早っ……。俺が隣にいるっていうのに、マジで俺のこと意識してないんだな……。


 図書館でみっちり勉強しゲリラ豪雨に遭遇し、急に俺が泊まることになって、美千瑠もなんだかんだ疲れていたのだろう。仕方ないと言えば仕方ないか。


 繋いでいた手を、ゆっくりと離す。


 俺は布団から出ようと、静かに起き上がる。

 美千瑠の顔は相変わらず整っていて、すごく綺麗だった。何故だか嬉しそうに頬を緩ませていて、もしかしたら本当の彼氏とデートでもする幸せな夢でも見ているのかもしれない。


 顔に掛かった髪をどけてやる。ぷっくりと柔らかそうな唇に触れそうになって、俺は慌てて手を引っ込めた。


 この整った桜色の唇とキスをしたときのことを思い出す。

 観覧車で初めてキスをしたとき。

 保健室で貪るようにキスを確かめたとき。

 花火大会で触れてしまった、豊満な二つの柔らかい肌。

 混浴で見てしまったすべて。


 真っ暗な部屋でそんなことを思い出し、冷房が効いているはずなのに身体中が熱くなる。


「まずい……とりあえず部屋を出よう……」


 急に美千瑠に触れたい衝動に駆られ、俺は慌てて布団を出ようとした。


 すると、美千瑠にTシャツの裾を引っ張られる。


「……凍華? どこ行くの……? トイレ?」


 美千瑠が寝ぼけ眼で俺に問い掛ける。

 その姿や声がやけに艶っぽく、俺はぶんぶんと首を振った。


「…………? またヘドバンしてる……?」


 ふにゃりと笑う美千瑠が可愛くて、俺は思わずその頭を乱暴に撫でた。美千瑠も気持ち良さそうに笑顔を浮かべる。なんだか猫みたいだ。


 って、なにやってるんだ俺……。


「……凍華」


 美千瑠は俺の首に手を回すと、そのまま自身の方へと引っ張る。バランスを崩した俺は、そのまま美千瑠に覆い被さった。


 そこにはちょうど美千瑠の顔があって、俺の唇は美千瑠のそれと重なっていた。



「んっ……」



 寝ぼけ眼の美千瑠は顔を綻ばせる。



「恋人同士は、やっぱりおやすみのキス、だよね……?」



 美千瑠は眠たいのか、起きている時よりも対応が柔らかい。




「ぎゅー、しよ…………?」



 今日も今日とて、俺の気も知らないでこのじゃじゃ馬お姫様は、腕を広げてみせた。




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