第47話 手を繋いで眠るのが恋人でしょ?
相変わらず窓の外の雨は強いらしく、窓に叩きつけている音がする。
晩御飯を食べ終えた俺達は、適当にテレビを見たり、スマホをいじったりして過ごしていたのだが、テレビもネットも台風と交通情報の話題で持ち切りだった。
「そろそろ寝よっか?」
そう美千瑠が立ち上がったのは、時計の針が午後十一時を回ったときだった。
「そうだな」
今日は疲れたし。と、俺も一緒に立ち上がる。
「悪いが、何か肌掛けとか借りられるか?」
部屋は冷房が効いていて、さすがにお腹周りくらいには肌掛けを掛けて寝たいと思い、美千瑠に尋ねる。
しかし美千瑠はきょとんと目を丸くしていた。
なんだ? その反応?
「肌掛けくらいならもちろん余分にあるけど……。え? どうして必要なの?」
「どうしてって……。俺はここで寝かせてもらうから、さすがにこの冷房ガンガンの部屋でそのままは寒いかと思って」
「え?」
「え?」
何が、え?
美千瑠が何に疑問を持っているのかさっぱり分からず、俺も同じように首を傾げる。
美千瑠は目をぱちくりさせながら言う。
「一緒の布団で寝るんじゃないの……?」
「は!?」
「だって恋人同士はそういうものでしょ? 手を繋いで眠るんだよね?」
はい出ました。美千瑠の偏見まみれの恋人知識。
恋人同士だからって一緒の布団で眠るかどうかはそのカップルにもよるだろう。そもそも同棲していても結婚していても、部屋が別々というカップルだっている。
寝る時まで手を繋いでいるだなんてそんなラブラブカップル、なかなかいやしない。
美千瑠の発言にはいつも驚かされるが、自分ばかりがどぎまぎしてしまうのもなんだか癪だ。
俺は冷静に美千瑠を諭すことにする。
「さすがに恋人同士でもそれはないと思う。俺はリビングで寝るから、美千瑠は自分の部屋で寝なさい」
丁寧に説明すると、美千瑠は理解したのかその場を離れていく。どうやら自室に向かったようである。
ほっと一息ついていると、ぱたぱたと美千瑠が戻って来た。手にはなにやら本のようなものを持っている。
「でもこれ見て! 一緒に寝てる!」
美千瑠に見せられたのは、一冊の本だった。見開きページには、男女が仲睦まじく一緒に寝ているシーンが描かれている。
「いや、やっぱり参考漫画かよ!?!?」
さすがに突っ込まずにはいられなかった。偏った知識のバイブルはやはり漫画であったようだ。
「私達、恋人同士でしょ!? さ、早く寝るよ!」
俺は美千瑠に引っ張られながら、彼女の自室へと足を踏み入れる。
俺は頭を抱えた。
この世間知らずの偏見女にはなんと説明したら理解してもらえるのだろうか……。
なんだか美千瑠と恋人ごっこを始めてから、悩むことが増えた気がする。白髪になったらどうしよう……。
美千瑠の部屋は六畳くらいで、そこに置かれたベッドは当然一人用のものだった。
美千瑠が寝返りを打って、さらに寝相が悪かったりなんかしたら、俺は蹴飛ばされて床に転がるだろう。
俺は考えた。
とりあえず美千瑠が満足するまで一緒にいてやる。美千瑠が寝て少し経ったらこっそり部屋を抜け出そう。そしてリビングのソファで眠らせてもらおう。
これが一番労力を必要としない流れのような気がした。
美千瑠はベッドに潜り込み、ぽんぽんとその隣を叩く。
「凍華、ここ! なんだか修学旅行みたいだね」
無邪気に笑う美千瑠に、また少し苛立ちを覚えた。こっちの気も知らないで。
「はいはい、寝ますよ~。おやすみ~」
俺はさっと布団に潜り込むと電気を消す。
しかし美千瑠は何が不満なのか、少し拗ねたような声色だ。
「凍華、待って。手は?」
「は?」
「手を繋いで寝るの」
「分かった分かった」
俺は美千瑠に手を差し出す。美千瑠の手は温かかった。
「うわっ、凍華、手冷たっ」
「うるせえなぁ、早く寝ろよ」
この状況で手が温かくなれる男などいるのだろうか。
美千瑠の匂いが染みついた布団に、隣にはその本人がいて。緊張しないようなやつがいるのならまず男じゃないだろう。
「ふふっ、いいなこういうの」
美千瑠は俺の手をぎゅっと握って嬉しそうな声を出す。
「恋人って感じ」
美千瑠の言葉に、また言い知れぬもやっとした感情が湧き出してくる。
俺との恋人ごっこを楽しむ美千瑠を見る度、最近は何故だかもやもやとした気持ちになる。
「ねえ、凍華」
「だから、早く寝、」
「凍華は、どんな子だったの?」
「は?」
「私達と会う前の凍華。小中学生の頃の凍華は、どんな子だったのかなって」
美千瑠の何気ない問い掛けに、俺はぐっと唇を噛む。
「どんなって……」
「聞きたいなって思って」
美千瑠、真宙、結菜と会う前の俺。
そんなの、思い出す必要なんてあるのだろうか。




