第46話 手作りオムライス
「今日やっぱりお姉ちゃん帰って来れないみたい。この天気じゃしょうがないか……」
美千瑠はスマホ画面に視線を落として呟く。
その言葉にほっとしたような、いてほしかったような、複雑な気持ちになる。
恋人でもない俺が上がり込んでいて、あまつさえ恋人です、と嘘のご挨拶をしなくてはいけないのも心苦しいが、かと言って今晩は美千瑠と二人きりと言うのもどうにも落ち着かない。
間違いが起こるはずはもちろんないと思うが、落ち着かないものは落ち着かない。
美千瑠はスマホに落としていた視線をぱっと上げて、俺を見る。
「とりあえず、晩ご飯食べよっか」
「適当に作るから、文句言わないでよね」と、美千瑠はキッチンに向かう。
「別にカップ麺とかでもいいんだけど……」
「卵、賞味期限切れそうなの。使っちゃいたくて」
「そうか」
そういう理由なら、ご相伴に預かることにする。
美千瑠はエプロンを付けると、手を洗い始める。そうして調理器具を用意し始め、手際よく卵を割っていく。
ここまで見ている限り、随分と料理に手慣れているように見える。味はまだ未知数だが、その過程には問題なさそうだ。
「料理、いつもしてるのか?」
「うん。お姉ちゃんがいつもお仕事大変だから、家のことは私がやってるの」
美千瑠は卵を溶きながら、目線は手元に集中したまま答える。
そういえばいつだったか、美千瑠は姉と二人暮らしだと言っていた気がする。俺の疑問に答えるように、美千瑠はぽつりと話し始める。
「私、ずっと田舎に住んでたんだよね。ここから六時間くらいのところ。お姉ちゃんがこっちで仕事してたから、高校進学を機にこっちに引っ越してきて、今二人で住んでるの。お父さんとお母さんは、相変わらず田舎暮らし。普通に元気だよ」
「そうか」
家族に不幸でもあったのかと少し不安になったが、どうやらそうというわけではなかったようだ。
「お姉ちゃんってさ、すごいんだ。小さい頃からなんでも出来たの。勉強も運動も。今だってすごくいい会社で働いていて、忙しいのはなかなかいいポジションについているからだって言ってた」
姉のことを語る美千瑠は嬉しそうでありながらも、何故だか少し寂しそうに見える。
「お姉さんのこと、好きじゃないのか?」
「えっ?」
フライパンに卵が広がって行くじゅわっとした音を聞きながら、俺は尋ねる。
「好き……だよ。多分……。小さい頃は、お父さんもお母さんもお姉ちゃんばっかり褒めて、私のことは全然見てくれなくて、ちょっと寂しい気持ちもあったんだけど……。こっちに来て、結菜や真宙くん、凍華と過ごすようになって、そんな寂しい気持ちはなくなっちゃった。みんなでいるのが、すっごく楽しかったから」
そうか、と今更ながらに思う。
高校デビューだと言っていた美千瑠は、家でも学校でも自分の居場所がなかったのだ。
だから俺と始めた恋人ごっこも、少し行き過ぎているというか、偏見が過ぎると思っていた。それはきっと対人関係ではそう言った知識は得られず、ネットの偏った知識を鵜呑みにしていたからなのだろう。
寂しいからこそ、絶対的な味方である恋人関係に憧れを持っていたのだ。
なんだ……。こいつも俺と一緒だったのか。
そんなことを考えていると、「出来たよ」と美千瑠の声が耳に届いた。
差し出された皿の上には、綺麗な黄色い卵に包まれた少しはみ出たケチャップライス、オムライスが載っていた。卵の上にはご丁寧に『ダーリンへ♡』とケチャップで書かれている。
美千瑠はにひひと笑う。
俺はオムライスの載った皿を受け取りながら、「ありがとよ、ハニー」と皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「どう?」
俺がオムライスにスプーンを突っ込んでいると、美千瑠が窺がうように尋ねてくる。
「うん、美味い」
「ほんと!?」
「うん」
俺は口をもごもごと動かしながら答える。
美千瑠の作ったオムライスは普通に美味かった。半熟具合もちょうどよく、中のケチャップライスも味がしっかりしていて美味い。
「まさか美千瑠が料理できるなんて思わなかったな」
「それ、どういう意味?」
学校でいつも昼食を共にしていたとき、美千瑠はサンドイッチか何かを食べていたような気がするが、もしかして手作りだったのだろうか?
「美千瑠ってドジなやつだと思ってたから、意外と器用なんだなって」
「凍華って本当に一言余計! 素直に美味しいって言って食べてよね!」
「とっても美味しいです!」
「ん! それでよろしい!」
美千瑠は満足そうに笑った。




