第44話 つるっとハプニング
バスタオルで自身の身体を隠した美千瑠は、恥ずかしそうに入って来てシャワーを浴び始める。
「お、お、おま……っ!?」
俺は目の前の光景が信じられずに、金魚のように口をパクパクさせるしかない。
待て、これはどういう状況だ!? どうして俺が入っているのに美千瑠が入ってきたんだ!?
「か、身体洗うから、そっぽ向いてて……」
美千瑠に言われ、俺はぐりんと首を百八十度回転させ、壁を見つめる。
何故だ!? どうしてこうなった!?
混乱する頭で、俺はもう一度記憶を整理する。
先に入る入らないの押し問答の後、どうなった? 俺が入ることになったのではなかったのか? でも普通なら俺は美千瑠を優先させるはずだ。それが何故俺が先に入っているのだろうか?
冷静さを欠いた混乱する頭では、思考も上手くまとまらない。
そうこうしている間にも、シャワーの音は止み、キュッと蛇口を閉める音が風呂場に響いた。
「は、入るね……?」
「え、入る? ちょ、ちょっと待っ、」
俺の言葉を遮るように美千瑠が湯船に入って来る。美千瑠が入って来ると、表面張力でぎりぎり溢れなかったお湯がざばっと音を立てて流れていった。
「ふわぁ、気持ちいい~……」
美千瑠の緩んだ声が左隣から聞こえる。俺は出ようと立ち上がりかけ、このままでは美千瑠に俺の見られてはいけない部分が見られてしまうと、ぐっと我慢する。俺はタオルを持ってきていないのだ。
説教は後だ。とりあえずこの状況はよくない。先に出なくては。
「美千瑠ちゃん? 俺、先に出るから、少しそっぽを向いててくれないか?」
感情を押し殺してそう美千瑠に声を掛けると。
「凍華だめだよ! ちゃんと温まらないと! 風邪酷くなっちゃうよ!?」
ぐいっと腕を引っ張られ、上げかけていた腰をまた湯船に戻されてしまった。
「いや、でも、……これはさすがに……」
恋人ごっこをしているとは言っても、付き合ってもいない男女が一緒に風呂に入るというのは、いかがなものだろうか。間違いが起きてもおかしくないぞ……。
忙しなく動く心臓を少しでも落ち着けようと、俺は深呼吸を繰り返す。
すると美千瑠がぽつぽつと話し始める。
「凍華、ちゃんとお風呂入ってくれてよかった……」
「え?」
「さっきまで顔真っ赤で、すっごくぼーっとしてたから。風邪引いちゃったんじゃないかって心配になって。私に先に入れ入れってうるさかったから、一緒に入れば問題ないでしょ? って言ったら、それならいいか……? って了承してくれたじゃん」
「………………」
それならいいか、ってなんだ!? いいわけないだろ!?
過去の自分に盛大にツッコミたい気持ちではあるが、こうなってしまった以上、今更どうにも出来ない。
美千瑠は恥ずかしそうにもごもごと呟く。
「それに恋人同士なんだし……、これくらいは、普通、だよね?」
普通なわけあるか!!!
叫びたい気持ちをぐっと堪える。
以前から思っていたが、美千瑠の恋人に関する知識はかなり偏っている。
付き合っているからと言って一緒にお風呂に入るというのは、つまりはそういう行為を示唆させるものであって、そうほいほいと入るものではないだろう。
それともなにか? 俺の恋人知識の方が間違っているのか? これくらい恋人同士なら普通なのか?
頭がくらくらしてくる。のぼせてしまったのか、本当に風邪を引いてしまったのか。ますます頭がぼうっとしてきた。
これ以上は無理だ、出なくては。
もう恥ずかしいとか言っている場合ではない、出よう、と立ち上がりかけたところで、「私、先に出るね」と美千瑠も立ち上がった。
同時に湯船から出てしまった俺と美千瑠は、驚いたように顔を見合わせて。そして。
「わあっ!」
慌てた美千瑠は足を滑らせた。
「あぶなっ!!」
つるっと滑った美千瑠はそのまま頭を打ち付けそうになって、間一髪、俺がその頭を支えることに成功した。
「あっぶねえっ…………」
ほっと一息ついたのも束の間。美千瑠が使っていたタオルがふぁさっと、俺の隣に落ちた。
え? と思って美千瑠に視線を向けると、そこには顔を真っ赤にした生まれたままの姿の美千瑠がいて…………。
俺達は同時に叫んだ。
「「きゃあーーーーーーーーーー!!!!」」
それからばちんっという盛大な平手打ちの音が風呂場に響き渡った。




