第41話 夏休みの恋人ごっこ
『そ、それでそのっ、……お、俺、ついに結菜にキスしてしまって……っ!』
「おー、それはめでたい」
『……。凍華、なんか反応薄くね?』
珍事件に見舞われた花火大会の三日後。
急に真宙から電話が掛かってきたと思ったら、そんな話をされた。
どうやら先日の花火大会に真宙と結菜カップルも行っていたらしく、ついにそこでキスをしたらしい。
真宙にとっては大事件なのかもしれないが、俺は、結菜良かったな、と心の中で力強く頷いた。
結菜は真宙との仲を進展させたがっていたし、何がどうなってそうなったのかは分からないが、どうやら上手くいったようである。
「で、どうしてキスしたいと思ったんだ?」
俺が適当に話を振ると、『凍華って、意外とズバズバ訊いてくるよな……』と真宙が呟く。
「いや、キスは大人になってから~とか、大事にしたい~とか言ってたやつが、どういう心情の変化かなと」
素直に気になりもする。どうしてキスがしたいなどと思ったのだろうか。
真宙は照れたように少し口籠りながら話し出す。
『いや、なんつーか……。結菜、すげー可愛かったんだよ。浴衣着て、髪も上げててさ。俺のために可愛くしてきてくれたのかなって思ったら、すげー愛おしくて』
「なるほど。それで思わずキスを」
『いや、それだけじゃないけど……まぁ、そんな感じ!』
「そうか」
真宙の話を聞いて、俺は浴衣姿の美千瑠を思い出す。
確かにすごく可愛らしくヘアアレンジをしたり、少し化粧もしていたと思う。
それなのに俺は、可愛いの一言も言ってやらなかった。
これじゃ彼氏失格だ。……まぁ、本当の彼氏じゃないけど。
『凍華もまぁ、頑張れよな!』
「ああ、うん。ありがとな」
純粋な真宙はきっと、俺と美千瑠がまだキスもしていない仲だと思っているのだろうが、俺達はとっくにそれを済ませている。なんなら事故とはいえ、美千瑠のあんなところまで触ってしまったわけなのだが……。……付き合ってもいないというのにな。
窓の外の青すぎる澄み切った空を見上げる。
俺と美千瑠の不純な恋人ごっこは、いつまで続くのだろうか。
真宙との電話を切って暫くして、今度は美千瑠から電話が掛かってきた。
『凍華、暇でしょ? 良かったら図書館で課題やらない?』
どうせ暇だと決めつけられるのにももう慣れた。俺は二つ返事で承諾すると、机の上に放り出されていた学校から出された夏休みの課題をリュックに突っ込み、美千瑠が指定した図書館へと向かった。
「暑い……。暑すぎる……」
地元駅に着く頃には当然汗だくになり、美千瑠との待ち合わせの図書館に行くのに、また滝のように汗をかいた。
図書館の入口横に設置されている自販機でスポドリを買い、一気飲みしていると「お待たせ!」と声が掛かる。
「今日はやけに早いな」
真っ白なブラウスに超ミニミニのショートパンツ姿。真っ青な爽やかなサンダルを履いたラフな美千瑠がそこに立っていた。
待ち合わせの時刻よりも、十分も早い。
「まあね! たまには遅刻せずに来られるってもんよ!」
ドヤっと胸を張る美千瑠に、「たまにではなく、毎回で頼む」と軽くツッコミを入れる。
俺と美千瑠は並んで図書館へと足を踏み入れた。
「涼しい~~~」
外の暑さのせいもあるが、図書館は寒いくらいに冷房が効いていて、先程までかいていたはずの汗があっという間に引いていった。
適当に自習席を借りて、各々課題に取り組むことにする。
小中学校時代に比べたら、道路交通の啓発ポスターを描いて来いとか、夏休みの課題図書の読書感想文だとかの時間の掛かる面倒な宿題は出ないが、プリントや問題集の課題は多い。
毎日コツコツやっていれば問題なく終わる量なのだろうが、そんなふうに真面目にやるのは結菜くらいのものだろう。出来るだけ今日終わらせてしまいたいものだ。
例のごとく美千瑠は数学で少し躓いていたが、俺が少し教えてやると以前よりもすんなりと自身で解くことができた。どうやら期末テストの頑張りは無駄になってはいないようだ。
正午頃から始めた勉強会は、午後四時までみっちり行われ、俺と美千瑠にしては珍しく無駄口も然程叩かず課題に取り組めたと思う。
「んー! 頑張った~!」
腕をぐーっと高く伸ばした美千瑠は、図書館を出るなりそう叫んだ。
「美千瑠にしては、よく集中できてたな。偉い、偉い」
「私にしては、って、それどういう意味?」
美千瑠がむっと頬を膨らませていると、その顔にぴちょんと水滴が落ちる。
「え?」
二人で空を見上げた途端、ざあっと激しい雨が叩きつけて来る。
「嘘っ! 今日雨降るなんて言ってたっけ!?」
あまりの暑さから大気が不安定になり、恐らくゲリラ豪雨かなにかだろう。少しすれば止むものと思うが、俺達はすでに全身びしょ濡れだった。
そんな姿で図書館に戻るのも忍びなく、図書館の隣に併設されている公園の東屋へと猛ダッシュで駆け込んだ。




