第40話 お祭りのあと、電車の中 side美千瑠
なんやかんやトラブルのあった花火大会が終わって、私と凍華は帰路に就く。
駅は花火大会のせいで信じられないくらいに混み合っていて、一歩進むのにもものすごく時間が掛かった。ライブが終わったコンサート会場とか、土日の原宿の竹下通りよりも歩きづらい。
陽が落ちてもベタベタとした不快な蒸し暑さがあって、正直一人だったら「もうっ! 早く帰りたいのにっ」て叫んじゃってたかも。
でも、有難いことに今は一人じゃない。はぐれない様に、凍華が私の手を握ってくれている。
暑さのせいか、緊張のせいか、お互いの手が少し汗ばんでいて、それでも何故だか心地いい。
駅に入るにも入場規制がされていてすごく時間が掛かったけれど、ホームに到着してからも電車に乗るまでに時間が掛かった。
「少し河川敷で待ってから帰れば良かったな」
隣で凍華が呟く。
「そうだね。こんなに混むなんて思ってなかった。来年はそうしよ」と返そうとして、私はその言葉を飲み込んだ。
来年。
来年、私と凍華はまだ一緒にいるだろうか。
そんな言葉が急に脳裏を過って、私は怖くて何も言えなくなった。
凍華が隣にいない未来は、もう考えられなかった。
高校入学からずっと一緒にいて、今は恋人ごっこの彼氏彼女として一緒にいる。
凍華が傍にいるのが当たり前になってしまった今、凍華と離れるかもしれない未来のことなんて考えたくなかった。
凍華とキスした時。それはほんの興味本位だったけれど、今ならやっぱりそれだけじゃなかったんだなってはっきり分かる。
もちろんキスにも興味はあった。でも凍華とキスしてもいいって思ったのは、やっぱりそういうことだったんだな、って、やっと最近になって気が付いた。
何本か見送った電車がやってきて、私達はすし詰めになりながら乗車した。
当然バランスよく立つことなんて出来なくて、私は人波に流されそうになった。
けれど凍華が私を守るように立ってくれて、潰れてしまわないように私の肩を抱いてくれる。
そういうところだろうなぁ、ってまた思う。
私がきっと凍華に惹かれたところは。
なんだかんだ文句を言いながらも私に付き合ってくれて、恋人ごっこであるはずなのに、本当の彼女みたいに扱ってくれる。
そういうところを、きっと好きになってしまったのだ。
「……少し我慢しろよ……」
「え……」
凍華は私を引き寄せる。その距離はゼロになって、私と凍華の身体はぴったりくっつく形になる。
ここのところやたらと成長している気がする私の胸が、凍華の胸にぎゅっと押し潰されて少し苦しい。それと同時に、やっぱりドキドキしてしまう。
このドキドキはきっと、好きな人に触れるドキドキ。
凍華は、私にドキドキしてくれてる……? 友人じゃなくて女の子として意識してくれてる……?
凍華の顔をちらりと見上げる。
凍華は何かを我慢してるみたいに、私には目もくれずその視線はずっと中釣り広告の文字を追っていた。
なんとなくそれにもやっとして、私は凍華に身体を預ける。凍華が驚いたようにこちらに視線を向けた気配がする。
けれど車内が混み合っているせいだと勘違いしたのか、いつも口にする余計な一言は今はなかった。
本当の恋人になれたら……なんて、今更どう言ったらいいんだろう?
恋人ごっこなんて、始めなければよかった?
ううん、きっと恋人ごっこがなければ、私は自分の気持ちに気が付くこともなかったと思う。
それに、恋人ごっこがなければ、私なんかじゃ凍華に相手にされなかったよ。
「凍華……」
賑やかな車内で小さく呟く。
振り向いてほしい、でも気が付かないでほしい。
二律背反のこの気持ちは、これからどうなるのだろう。
凍華のTシャツをぎゅっと掴む。
私の中に勇気が湧いてくるまで、まだ少しだけ、もう少しだけ、恋人ごっこのままで……。




