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第38話 本当の恋人でもなんでもないのに


 なんやかんやありながらも、俺と美千瑠は花火大会の会場である河川敷までやってきた。


 河川敷にはこれまたずらりと屋台が並んでいて、しょう油やソースの香ばしい食欲をそそる匂いが漂っている。

 俺達はそこで適当にたこ焼きやらりんご飴やらを買って、河川敷の空いている適当なスペースに腰を下ろした。


「ありゃ、小さかったかな?」


 美千瑠は草の上にレジャーシートを広げると、その上に「よっこいしょっ」という掛け声と共にお尻を乗せた。俺もその隣にお邪魔することにする。


 レジャーシートは一人用なのか、やけに小さい。肩と肩がぶつかりそうな程近く、何だか居心地が悪かった。


「場所、本当にここでいいの?」


 美千瑠は特に気にした様子もなく、話し掛けて来る。


 俺達の座った場所はかなり人がまばらで、正直言ってガラガラだった。大体は打ち上げられる付近、有料観覧席などが用意されている周辺で見る人が多く、少し離れたここはまず地元民しか訪れない穴場スポットである。


「ここで大丈夫だ」


 かなり幼少の頃、小学校に上がる前くらいだっただろうか。家族で毎年のように花火大会に来ていた。小学校に上がってからはめっきり来なくなってしまったが、当時この辺りから花火を見ており、今でもまだこの辺はあまり知られていないようだった。


 屋台周辺に山ほどいたはずの人が見る影もないせいか、美千瑠は落ち着きなく周辺を見回していた。辺りには二、三組のカップルがいるくらいだった。


 心配そうにしている美千瑠を余所に、俺はのんびりとたこ焼きに口を付けた。



 そうこうしている間に陽は落ち、花火が打ち上げられる午後七時を迎える。

 賑やかなアナウンスと、打ち上げ五秒前のカウントダウンが少し離れたところから聞こえる。


 美千瑠は胸の前で手をぎゅっと握りしめ、空を見上げていた。

 そんな美千瑠を横目で見てから、俺も同じように空に視線を移した。


 すると大輪の華が、夜空一帯を照らす。昼になったかのような明るさに、思わず目を見開く。


 「わあっ……!」と美千瑠が感嘆する声が聞こえた。


「綺麗……」


 花火が打ち上がる度、ドンっと心臓に重低音が響き渡る。

 隣でひたすらにわぁわぁ言いながら目を輝かせている美千瑠が、なんだか子供みたいで可愛らしかった。


「凍華! 見て! 綺麗!」

「見てるよ」

「すっごく綺麗……」

「さっきから同じことしか言ってないな?」

「だって綺麗なんだもん! 恋人と花火大会に来るの、夢だったんだ!」

「……そうか」


 恋人と来るのが夢、恋人とやってみたかった、恋人っぽい。

 美千瑠はいつもそればっかりだ。


「美千瑠はどうして本当の恋人を作らないんだ?」


 ふと抱いた疑問を、俺は口にする。

 美千瑠は少し驚いたように目を瞬かせていたが、諦めたように手をひらひらと振る。


「無理無理。私なんかじゃ彼氏なんてできっこないよ」

「え、どうして?」

「どうしてって……。私、高校デビューだから……」

「え?」


「結菜にはとっくに話したんだけど。私、中学まで引っ込み思案だったの。ずっと一人で過ごしてたんだ。高校は変わりたくて、今の私になったんだけど。その時から恋とか恋人とかに憧れてて。でも私には到底できっこないって諦めてたの。友達と楽しくやれればいいって。だから、結菜と真宙くんが付き合い始めて、やっぱり羨ましくて、恋人ごっこを凍華にお願いしちゃった」


「そうだったのか……」


 今ではすっかりクラスの人気者である美千瑠が、引っ込み思案だったというのは意外だった。


 けれど、こんなにも可愛いのに恋人がいなかったり、男に免疫がなかったりしたのは、きっとそういうことだったのだ。



「私、恋ってよく分からなかったんだよね。でも、……今ならちゃんと分かるかも」

「え……?」


 ドンっと大きな音がして、一際大きな花火が打ち上がる。


 俺は未だによく分からない。恋とか、誰かを好きになる気持ち。誰かと一緒にいたくて、その人を大事にする気持ち。


 もしかしたら俺には、そういう感情は備わっていないのかもしれない。そんな風に思ってしまうのは、家族のことがあったからだろうか。



「凍華」



 美千瑠に名前を呼ばれて顔を向けると、潤んだ瞳で見つめられる。


 多分このあとすることは、きっと……。



「……キス、してもいい?」



 ぱっと周りを見回すと、そこかしこでカップルがキスをしていた。

 それを見た美千瑠はきっと羨ましくなったのだろう。


「だめ……?」


 俺は美千瑠に見つめられると、どうにも断れなくなる。

 それがどうしてなのか、まだ答えは出ない。


「……いい、けど……」


 「ん、じゃあ」と言って美千瑠は俺の唇に自身の唇を重ねる。


「……んっ……はぁっ……」


 そのキスは次第に深いものになり、お互い息苦しさに耐えられなくなる。

 くちゅっと小さく音を立てて、美千瑠はようやく俺から離れた。


 そうして美千瑠は幸せそうに笑った。


 本当の恋人でもなんでもない俺とキスをして。





 しばらく大人しく花火を見ていると、美千瑠が急に驚いたような声を上げる。


「ひゃあっ……!?」

「ど、どうした?」


 その声に驚いた俺は、隣の美千瑠に視線を向ける。

 美千瑠は何故だかもぞもぞと身を捩っている。


「トイレか?」


 花火大会のトイレは長蛇の列と聞く。絶賛打ち上げ中の今なら多少空いているのかもしれないが、実際のところはどうなのだろうか。

 そんなことを考えていると、美千瑠がぶんぶんと首を横に振る。


「違っ……、な、中っ……!?」

「中?」


 何を言いたいのか全く分からず、俺は首を捻る。

 すると美千瑠は涙目になりながら、浴衣の胸元をぐいっと広げて見せる。


「な!? 何やってんだ!? こんなところで!?」


 不意に見せつけられた美千瑠の豊かな胸元に視線を奪われていると、美千瑠が慌てたように言う。


「中っ! 浴衣の中……っ! なんか虫みたいなの入ってきたっ……!!」

「は? 虫?」


 美千瑠はパニックになっているようで、「中っ! 虫っ!」とばかり叫んでいる。

 俺は美千瑠の豊満なバストから視線を逸らしつつ、至って冷静さを装って返す。


「浴衣の中に虫が入ってきたのか?」


 こくこくと涙目で頷く美千瑠。


「早く出してやれよ。虫が可哀想だぞ」


 「虫が可哀想って何!? 少しは私の心配してよね!?」と言うツッコミが返ってくるかと思ったのだが、美千瑠は余裕がないようで、また俺の視界に入るように浴衣の胸元を広げる。


「凍華! 早く! 取って!!」

「は!? 取る!?」


 「早く~っ!」と美千瑠は今にも泣き出しそうだ。


 取るって、俺が? 美千瑠の浴衣の中にいる虫をか!?


 ここは河川敷だ。当然バッタや羽虫なんかいるだろうが、そんなことより、どうやって俺にその虫を取れと?


 「早く! 凍華早く!」と急かす美千瑠に俺は、ああもうどうとでもなれ! と美千瑠の方に手を伸ばした。




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