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第36話 恋人ってなんなのだろう


 約束のプールの日。


 美千瑠の水着に冷や冷やしていた俺だったが、水着姿でプールサイドにやってきた美千瑠の恰好はこの前と全く違っていた。


 ワンピースタイプの水着姿で、スカート丈も膝まである。胸元が少し開いているがこの前のようなバストが零れそうな印象もなく、まさに清楚と表現するのがしっくり来る水着姿だった。


「お前……、その水着はなんだ……?」


「え? 今日のプールのために買った水着だけど?」

「この前のはどうした!?」

「え、凍華、本当にあんな水着で来ると思ってたの? さすがに露出度高いでしょ? 凍華って、もしかしてえっち?」

「お前なぁ……!!」


 本気で腹が立った。お前のために心配していた俺が馬鹿みたいだ。くそ……っ。


 最近すっかりご無沙汰だったが、そうだそうだ、美千瑠は元々こういうやつだった……!


 言い返してやろうと口を開きかけると、美千瑠が俺の耳元に唇を寄せる。


「……あれは、凍華専用の水着だから。他の人には絶対に見せない、二人きり用だよ……?」


 甘い囁きに、俺の心臓が不規則に動き始める。


 落ち着け、このままでは美千瑠のペースだ。


 俺と美千瑠が言い合っていると、ぺたぺたとビーチサンダルの音をさせながら結菜がやってくる。


「お待たせ!」と言ってやってきた結菜は、真っ黒なビキニ姿だった。いつもの清楚可憐な姿はどこにもなく、ただただその豊満な暴力的なスタイルを見せつけている。

 隣に立っていた真宙が声も上げずに鼻血を吹き出して倒れた。


 まぁ、そうなるわな…………。




 俺達四人はしっかりと準備運動を済ませると、流れるプールで流れたり、ビーチボールをしたりはしゃぎすぎない程度に遊んだ。プールではしゃぎすぎると帰りがきついからな、身体が。


 真宙の鼻血が止まらない危険性があるので、結菜にはラッシュガードを羽織ってもらうことで事なきを得た。


 昼時になり、「真宙が飯買ってくる」と言うので、俺もついて行こうと思ったのだが、女子二人を残して男子だけで行くのはまずいと気が付く。

 結菜と真宙で行ってもらうか、と思っていると美千瑠が手を挙げた。


「私、真宙くんと行ってくるよ。結菜は疲れたでしょ? ゆっくり休んでて。凍華は結菜のこと見ててあげて」

「分かった」


 真宙と美千瑠の体力有り余り組が昼食の買い出しに行くことになり、俺と結菜はプールサイドの飲食スペースでのんびりと待つことになった。


「凍華くん、美千瑠ちゃんの水着どう?」

「え、ああ、えっと、似合ってると思う」


 俺の返答に結菜は楽しそうにくすくすと笑う。


「もう少し露出度が高い方が好きでしょ?」


 ドキッと心臓が高鳴るが、結菜に嘘をついても仕方がない。俺は正直に話す。


「まぁ、そうだな」

「うん、だと思った」


 口元に手を当てながら上品に笑う結菜。


「もう一つの水着は見たのかな?」


 美千瑠と一緒に水着を買っていたのだから、当然知っているか……。


「えっと、見たけど……」

「そっちの方が凍華くんは好きそうだね」

「まぁ……」


 結菜はかなりおっとりしているのだが、たまに人を見透かしたようなことを言う。


「美千瑠ちゃんね、凍華くんに可愛いって言ってもらいたくて、すっごく悩んで選んでたんだよ」

「そう、なのか……」

「うん! 凍華くんどんな水着が好きかなぁ、って。ふふっ、美千瑠ちゃん、凍華くんのこと大好きなんだね」


 結菜の言葉に、俺は苦笑を漏らすしかない。


 美千瑠はきっと恋人ごっこの彼女らしくいようと振る舞っているだけだろう。決して俺を本気で好きなわけではない。


「結菜にしては珍しい水着を選んだんだな」


 自分達から話題を逸らすためもあるが、結菜にしてはちょっと印象の違う水着が気になって、俺は話を振ってみた。


「あ、これ? 可愛いでしょ?」

「まぁ……」

「真宙くん好きかなって」


 真宙のことを話す結菜は、俺達に向ける笑顔よりもずっと柔和な表情で言葉を紡ぐ。


「卒倒するくらいにはドストライクだったみたいだな」

「うん。すっごく嬉しかったんだけど、……でも、それだけなの」


「え? それだけって?」


「真宙くん、私のことすっごく大事にしてくれるの。それこそ私がお姫様であるかのように扱ってくれて。暗くなる前にデートは切り上げられてしまうし、手は繋いでくれるけれど、それ以外のところには触れてくれない。私はもっと真宙くんに近付きたいのに、真宙くんはいつまで経っても、私を純情なお姫様だと思ってる」


 なるほど……。


 結菜は真宙との恋愛を前に進めたいのだろう。好きな人と一緒にいるのに物理的にも心的にも距離が縮まらない。


 どうやら純情ピュアピュアなのは真宙だけで、結菜はそうと言うわけではないようだ。


「私は真宙くんが大好きだし、だからこそもっと仲良くなりたいんだ。だから凍華くんは、美千瑠ちゃんのペースをしっかり見てあげてね」

「凍華くんならそんな心配はないと思うけど」と結菜は話を締めくくる。


 はは、と薄ら笑いで誤魔化すしかない。


 本当に付き合っているわけでもない彼女に、俺が出来ることなんてあるはずもない。


「なぁ、結菜」

「うん?」

「恋人って、なんなんだろう」


 俺の質問に「え?」と結菜は首を傾げる。


「ああ、えっと、そんなに難しく考えなくてもいいんだが……。付き合うってなんなんだろうなって……」


 言ってから、あまりに思春期すぎる質問だったと少し恥ずかしくなる。


 しかし結菜は真剣に考えてくれた。


「そうだなぁ。私達の場合はやっぱり、相手のことが大好きでずっと一緒にいたいから付き合い始めた感じかな。もちろん一緒にいて楽しくて、気が合って居心地も良いからもあるけど、真宙くんが他の女の子と仲良くしていたらやっぱり嫌っていうちょっと独占欲みたいなものも最近はあるかも」


 結菜は少し照れくさそうに笑う。


「誰にも代えがたくて、大事にしたい特別な人が恋人、なのかな。ごめん、なんだか曖昧で」

「ああ、いや。こっちこそ、急に変なこと訊いて悪い」

「ううん! 凍華くん、美千瑠ちゃんのことちゃんと考えてくれてるんだなって、改めて思ったよ」


 結菜の笑顔に、俺は眉を下げて苦笑する。


 大事にしたい、特別な人、か……。


 俺にとって美千瑠は、ただの恋人ごっこをするだけの友人。そう思っていたはずなのだが、これだけ一緒に時間を過ごしているとよく分からなくなる。



 大事にするって、どういうことなのだろうか。


 俺にそれが出来るのだろうか。


 俺は美千瑠を特別に思っているのだろうか……?




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