第33話 うちに来ない?
昼飯をさくっと食べ終えた俺達は、結菜が夕方から予定があるとのことだったので、その日は解散することにした。
「また明後日!」と手を振る結菜と真宙に、俺と美千瑠も手を振り返した。
「……凍華、このあと、暇?」
いつものように美千瑠と電車に揺られていると、唐突にそんなことを訊かれる。
「え、ああ、別に暇だけど」
時刻はまだ午後二時を回ったところ。夏のこの時間に歩くのは地獄だ。ちょうど陽が最高潮に高くなり、一日の最高気温が出るのもこの時間帯。
どこかに行こうと言うのだろうか。どこかに出掛けると言うのなら、スポドリでも買いたいなと思っていると、美千瑠が口を開く。
「じゃあこれから、……うちに来ない?」
「え?」
うち? 家? 美千瑠のか???
訊き返そうと口を開きかけると、「着いたよ」と腕を引っ張られる。
そこは美千瑠の家の最寄り駅だった。
行く、とも返事はしていないのだが、引っ張られてつい電車を降りてしまった。
背中に汗が伝う。夏の殺人的な暑さのせいなのか、それとも緊張のせいなのか。
「うちのマンション、すぐそこだから」
「あ、おい……」
美千瑠はさっさと前を歩いて行ってしまう。
なんでわざわざこれから美千瑠の家に行かなきゃいけないのだろうか?
何か家に見せたいものがあるとか?
平日の昼間だが、両親は在宅しているのだろうか。もしかしてご挨拶しなくちゃいけないのだろうか。
「美千瑠さんとお付き合いさせていただいております、藤野 凍華です……」ってか?
そもそも俺と美千瑠は付き合っていない。ただのお遊びの恋人ごっこだ。
どうご挨拶したらいい? などと勝手に妄想を膨らませていると、「ここだよ」と美千瑠の声が聞こえた。
ぱっと顔を上げると、目の前には大きなマンションがそびえ立っていた。ざっと見たところ七階建てくらいだろうか。
美千瑠の後ろに続いて、俺はマンションのオートロックを通過し、エレベーターに乗り込む。
「はー、暑かったねぇ……」と美千瑠は着ているワンピースの胸元をぱたぱたしながら風を入れている。
その中のピンク色のものが目に入ってしまい、俺は慌ててゆっくりと上昇していくエレベーターの階数表示に意識を向けた。
何を緊張することがあるんだ。ただ友人の家に遊びに行くだけだろうに。
チンっと軽快な音を立てて到着したのはマンションの五階。エレベーターを降りて角を曲がり右手側一番奥へと、美千瑠は進んでいく。
「ここがうち!」
『505 桜咲』と表札が出ている。間違いなく美千瑠の家のようである。
「さ、上がって!」
「ただいまー」と元気に玄関を上がる美千瑠に対して、俺は「お、お邪魔します……」と小さく呟きながら玄関を上がる。
しかし室内からは誰の応答もない。
美千瑠のあとに続いてリビングにやってきても、やはり誰もいなかった。
「今、麦茶出すね」
「あ、ああ、サンキュ……」
まさかと思いながらも美千瑠から麦茶の入ったグラスを受け取り、俺はそれを一気に飲み干す。二重の意味で喉がカラカラだった。
美千瑠は「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ~。うち、基本的に誰もいないから!」とあっけらかんととても重要な情報を言い放つ。やっぱりか……!
「……誰もいないのか?」
「うん。この家、お姉ちゃんと私の二人で住んでるんだけど、お姉ちゃんは社畜だから、帰って来るの、夜めちゃめちゃ遅いんだ」
二人暮らしだったのか。
社畜……。それはご苦労なこって……。
ではなく、つまり美千瑠は姉がいないのを分かっていながら、俺を呼んだのか?
俺の戸惑いなど露知らず、美千瑠は我が物顔で自由に行動を始める。あ、いやそりゃ当然自分の家なのだから当たり前なのだが。
「私、ちょっとシャワー浴びて来る」
「は!?!?!」
思わず出てしまった大声に、美千瑠が驚いたように目をぱちくりさせる。
「びっくりしたぁ……」
「いやびっくりしたはこっちの台詞だわ!」
自由にも程がある。
「ええ、だって汗かいて気持ち悪いし、見せたいものもあるし……。それにはとりあえずシャワー浴びないと」
「お前、仮にも男が遊びに来てるんだぞ? 危機感ってものがないのか!?」
「危機感? 別に凍華だし、いいじゃん」
二の句が継げなくなる俺。
俺だからいいって……こいつはマジで何を考えているんだ!?
混乱する俺を余所に、美千瑠は上機嫌で風呂場へと向かった。
お読みいただきありがとうございます!
年末に水着のお話となってしまい、申し訳ございません……。
(暖かくしてお読みくださいね!)
日々のPV数や、ブックマーク、評価、スタンプからお読みいただけているのかな、楽しんでいただけているのかな、と嬉しくなっております!
いつも本当にありがとうございます!
明日以降も、同じ時間に更新しますので、引き続き楽しんでいただけますと嬉しいです!
それではよい年末年始をお迎えくださいませ♡
2025.12.31 四条 葵




