第28話 キスのそのあと side美千瑠
友人だと思っていた男の子とキスをした。
仲良しの友人三人と行った遊園地の帰り道。
外はもうすっかり暗くなっていて、澄み切った空には星が輝き始めていた。
今日はたくさん歩いてたくさん遊んで疲れたし、手土産もいっぱいだしで早く帰りたい気持ちももちろんあったのだけれど、どうにも心が落ち着かなくて私は近くの公園に寄るとベンチにゆっくりと腰を下ろした。
いつもなら子供たちが賑やかに走り回っている公園内。けれど暗くなったこの時間に人影はなく、私だけがその中にぽつんと存在していた。
「…………キス……しちゃった……」
私は無意識に自身の唇に触れていることに気が付く。
凍華とキスをした。
凍華とは高校に入ってすぐに知り合って、それからずっと一緒にいる親しい友人。
私は所謂高校デビューというやつで、中学生の頃は今みたいに明るく振る舞えなかったし、見た目も暗くて教室の隅っこで本を読んでいるような女の子だった。
いつもクラスの女子が恋バナをしているのを羨ましいと思って聞いていたけれど、自分から話し掛ける勇気もなくて、結局そのまま親しい友人もできないまま中学を卒業した。
内気な自分が嫌いだった。
だから高校生活は変わりたいって、普段よりもちょっぴり長い春休み中に私は色んな勉強をした。ファッションやメイク、流行りのアイドルにスイーツ。女子高生が興味ありそうなものはSNSやネット、雑誌でたくさんチェックした。
きっと高校生になったら、想像も出来ない楽しいことがたくさんある!
恋愛だってきっと、クラスの子が知らないような刺激的なことだってあるに違いない。
高校生活こそは友達を作って、恋をして明るく楽しく過ごすんだって、私は意気込んで入学した。
そんな入学式の日。
私は結菜に出逢った。とても綺麗で可憐な子だった。けれど、自分の容姿を鼻にかけることなく一生懸命に椅子の片付けをしている真面目な姿に、私は思い切って声を掛けてみたのだ。
「い、一緒に片付けよ!」
すると結菜は「ありがとう!」とにこりと微笑んでくれた。
結菜と私はすごく気が合った。こんなに綺麗で今時っぽい子なのに、スマホはあまり見ないらしく、本を読んだりお菓子を作るのが好きだと話してくれた。
きっと中学生の頃のままの私でも、結菜と仲良くなれただろうなって思う。それくらい結菜と私の好みは似ていた。無理に背伸びした自分じゃなくて、ありのままの自分でいられるような気がしたんだ。
もしかしたら中学の頃もそうだったのかもしれない。私が勝手に壁を作っていただけで、話し掛けてみたら、みんなは普通に返してくれて仲良くなれたのかもしれない。
自信のある自分になって、ようやくそんなことに気が付いた。
二人でせっせとパイプ椅子を片付けて、それを積み上げていた台車を「重いねぇ」なんて言いながら押していると、そこに一人の男子生徒がやってきた。
「俺が持って行くよ」
それが凍華との出逢いだった。
冷たいくらいにクールで無表情な彼は、顔立ちは整っているのにつり目のせいか少しきつい印象を受けた。
「あ、ありがとう……」
男の子に免疫のなかった私は、そう小さく呟いた。
ふいっと私に視線を向けた凍華は、私達に変わって台車を押していく。けれどその台車はふらふらと蛇行していて、ああ、きっと彼にも重かったのだな、頑張って私達に声を掛けてくれたんだなって、私はそのときくすりと笑った。
結局凍華は真宙くんの手を借りて、台車を片付けていた。
でも嬉しかった。私達が大変だろうと思って気遣って声を掛けてくれたことが、すごく嬉しかった。
しっかりお礼を伝えよう。
私はもう中学までの内気で何も言えない自分じゃない。絶対にここで変わる。
そう思って、彼らの元に一歩踏み出した。
声を掛けると凍華は驚いたように目を丸くしていて、そのままどこかにいなくなってしまいそうだったから、私は彼を引き留めた。
「待って! 君にもお礼言ってるんだよ? 手伝ってくれてありがとう!」
それから教室に戻ると見事に四人とも同じクラスで、私達は自然と一緒にいるようになったのだった。
けれど、大好きな友人である結菜と真宙くんが付き合い始めて、なんだか疎外感みたいなものを感じていた。
せっかく仲良しの友達ができたのに、また私は一人ぼっちになっちゃうのかなって、すごく不安になった。結局また中学の時と同じになっちゃうのかなって。
だから、少しでも誰かと気を紛らわせたくて、凍華と恋人ごっこを始めた。
恋人関係に憧れがあったのは本当で、放課後の勉強会やデートに憧れていたのも本当。恋人がする、それ以上のことにも私は興味があった。
凍華を選んだのは気心が知れている友人だったからで、仲良し四人組の余り者って境遇も私と一緒だったから。それに私のわがままも多少聞いてくれるだろうなっていうのもあった。
凍華とはすっかり打ち解けて、私達は冗談を言い合う仲だったし、私が始めてちゃんと話した男の子だったから。
それに凍華は何よりも退屈であることを嫌っていると思う。それなら私と一緒に遊べばいい。
ただそんな風に気楽に始めただけの恋人ごっこだった。
それなのに。
遊園地の観覧車。二人きり。
キスにだってもちろん憧れはあった。
「私、凍華のこと、好きだったのかなぁ……」
自分でもよく分からなかった。
その場の雰囲気がそうさせたのか、自分がそうしたかったのか。
幸か不幸か、また私のわがままは受け入れられ、私と凍華はキスをした。それも、何度も何度も。
「凍華って、もしかして私のこと好き……?」
口に出してみると、それはないな、と思ってしまう。
多分凍華は、結菜みたいなタイプの女の子が好きだ。だから私と凍華はこれまで恋愛関係にならず、ただただじゃれ合うだけの仲だったのだ。
でも、恋人ごっこを始めて、凍華と一緒にいる時間が増えるにつれて、私は凍華といる時間がずっと続けばいいって、四人でいるとき以上に楽しいって思ってしまったこともある。
それがどうしてなのか、私自身のことなのに、はっきりしたことは言葉にできない。
でもただただ凍華との恋人ごっこが楽しくて、ずっとこんな風に過ごせたらって思ってしまう。
これってもしかして、そういうことなのだろうか……?
「……恋人って、他にどんなこと、するんだろう……?」
私はそれを、凍華と一緒に経験したいと思った。
恋が分からない私はきっと、まだまだ子供で、だからこそ道を間違えてしまうことだってあるのだろう。
自分自身は、その道が間違いではないと信じて。




