第17話 『今日も美千瑠ちゃんは、可愛かったです』
ついに俺達の住む関東地方にも梅雨入りが発表され、梅雨入り当日は当然のように雨だった。
もう六月も終わりに向かっているというのに、今年は晴れが多く例年よりも随分と梅雨入りが遅かった。
しかも七月の週間予報天気には晴れマークが続いており、梅雨入りを発表したにも関わらず今後しばらく雨の予定はなさそうだった。
そんな貴重とも言える梅雨空のその日、俺は日直だった。
高校にも当然日直という当番があった。
授業終わりごとに黒板を掃除し、日誌を書き、必要とあらば先生と一緒に授業の準備をする。例えばプロジェクターの準備とか、集めたノートを教務室に届けたりだとか。
さすがに小学生のような朝の会や帰りの会の司会進行や五分間スピーチなどはないが、日によってひいてはその日の授業によって業務量は異なる。
今日の俺はラッキーなことに、先生に何かを頼まれることもなく、授業毎に黒板を消す以外はなにもせずに放課後を迎えていた。
「さあて、書くか……」
そうして残った日直としての業務は、日誌を書くことだけである。
「……天気、雨。欠席者なし……。今日の授業、一限目……なんだっけ?」
日誌の上から順に空欄を埋めていく。黒板の横に貼られた時間割表を見ながら脳死で今日の授業項目を書いていき。
「今日のクラスの様子……?」
日誌の一番下の欄。三行くらいのスペースに、『今日のクラスの様子』という項目があった。
「今日、うちのクラスでなにかあったか?」
一日を思い出してみても、特筆すべき事件は見当たらない。
先生としては、自分が受け持っていない時間に、クラスで何があったのか知りたいだけなのだろうが、日誌に書いてまで先生に伝えたいほどのことは何もなかった。
「田中くんが早弁して怒られてた、とかか?」
空欄で出したいが、何か書かないとそれはそれで先生に何か書けと返されてしまうような気もする。
「うーん……?」
教室で一人首を捻っていると、遠くからパタパタと足音がしてその足音がA組の教室に入って来た。
「あ、凍華、まだ残ってた」
「美千瑠か」
その人物は美千瑠であった。走ってきたせいか前髪がふわっと上に上がってしまっていて、それを気にするように慌てて手櫛で整えている。
今日は特に何も言われなかったため、先に帰宅したのだろうと思っていたのだがどうやらまだ校内にいたようだ。
「地学室の掃除当番だったの」
「そうか。俺も今日は日直」
そう返答すると「今日黒板めっちゃ消してたもんね」と美千瑠は俺の隣である自席にやってくる。
「黒板掃除、もう終わったんだ? 手伝ってあげようと思ったのに」
美千瑠の言葉に、もしかしてそれで急いで掃除当番を終わらせて教室に戻って来たのだろうかと、そんな少し都合の良いことを考えてしまう。
「あと日誌だけ?」
「ん」
「そっか」
自分の椅子を俺の机の方に引き寄せて、美千瑠は俺の手元の日誌を覗き込む。
「なんだ、日誌もあともうちょいじゃん」
「そうなんだが、この最後の『今日のクラスの様子』がどうにも埋まらん」
「今日のクラスの様子、かぁ……」
「今日も美千瑠が授業で当てられて答えられなかった、とでも書いておくか」
「ちょっと!?」
「冗談だよ」
怒り出そうとする美千瑠に俺は手をひらひら振ってみせる。美千瑠もなにも本気でそう書かれると思っているわけではないだろう。
「クラスの様子って、なんか今日変わったことあったか?」
「えー、なんだろ? 他の日見てみたら? みんなどんなこと書いてるか分かるかも」
「そうだな」
美千瑠の提案通り、俺は昨日以前の日誌を遡る。
「『今日も平和な一日でした』、『A組は今日も騒がしかったです』、『今日は暑かったのに先生がクーラーを入れてくれなくて困りました』、『先生、いつクーラー解禁になりますか?』、『この教室なんのためにクーラーが付いているんでしょうか?』……先生への不満、もといクーラーの話ばっかりだな!?」
よくもまぁこうも正直に先生への不満をぶつけられるものだと感心してしまう。我がA組の生徒達はどうやら素直な子が多いようである。
「お、真宙が日直の日だ。なになに……『購買のパンの種類が少ない! もっとレパートリー豊富なパンが食べたい! どうしたら増えますか!!』……いやこれA組関係なくね?」
「あ、結菜が日直の日だよ」
「どれどれ……『今日も美千瑠ちゃんが先生に当てられて回答を間違えていました。間違えたときのちょっと恥ずかしそうな美千瑠ちゃんがすっごく可愛かったです!』……だと」
「ええええ!? ちょっと結菜!?!?」
まさに先程俺が冗談で書こうと思っていた内容を書いている人物がいた。結菜、さすがだぜ。
過去の日誌を見てみたが、どうやら『今日のクラスの様子』は、何を書いてもいいようだった。先生、不満書かれても二重丸付けてるもんな……適当すぎるだろ……。
「ええっと、『今日も美千瑠ちゃんは、」
「だからそれやめろっ!」
美千瑠のチョップをかわし、「じゃあ美千瑠から一言。それ書く」と美千瑠に投げた。
「ええ……なんで私が……。凍華が日直でしょ?」
「じゃあやっぱり、『今日も美千瑠ちゃんは、」
「だからっ!」
「可愛かったです』と」
「へ……?」
これもまた冗談の延長だったのだが、美千瑠はぽかんと口を開け、その頬も耳も真っ赤に染めていく。
え、何この反応……?
「み、美千瑠? じょ、冗談だぞ? あ、いや、彼氏として冗談ではないが……?」
美千瑠の反応にやたらと動揺してしまった俺は、ごにょごにょと訳の分からない言い訳をする。
そこにちょうど担任がやって来て、「日誌書き終わったか? 終わったならもらって行くぞー」と手を伸ばす。
俺は美千瑠から目を離さないまま、担任へと日誌を手渡した。
『今日のクラスの様子』に何を書いてしまったのか、すっかり忘れたまま……。




