第12話 運動なんて出来なくても生きていけるし
五限目の体育はどうしてこうも億劫なのだろうか。
お昼ご飯を食べたあとの昼下がり。ゆっくりまどろみたい気持ちを蔑ろにされ、昼休みも早々に切り上げさせられ、体操ジャージに着替えておかなくてはならない。お腹いっぱいの状態で強制的に身体を動かさなくてはならないとはなんたる苦行。身体は重いし横っ腹は痛いしで、五限目の体育にいい事なんて一つもない。
と、つらつら文句を並べてみたが、要するに俺が言いたいことはただ一つ。
「だるい……体育嫌だ……」
俺がゾンビのように足を引き摺りながら体育館へと向かっていると、隣を歩いていた真宙が圧倒的爽やかスマイルでからからと笑う。
「凍華は本当に運動が嫌いだよなー」
「別に運動が嫌いなわけじゃない……。この、先生の支配下に置かれきっと楽しかったであろうスポーツが成績として数字にされるのが苦手なんだ」
「それ言ったら全教科そうだけどな?」
その通りである。英語も数学も、個人で趣味として勉強するくらいならもしかしたら楽しく勉強できたのかもしれない。しかし、自分のペースでなく強制されるとなるとどうしてこうも億劫な気持ちになるのだろうか。
白状しよう。俺は体育が苦手だ。所謂運動音痴というやつであり、球技なんて特にからっきしである。キャッチも苦手なら当然投げるのも苦手だ。俺が投げたボールは自慢じゃないが、俺でも予測不能な方角へと飛び去っていくのだ。故に俺は体育の成績が良くない。高校になると1~5の五段階評価ではなくなるはずだが、中学まではあひるさんが並び続けていた。ちゃんと出席だけはしていたので、おまけの2だ。
「凍華が運動苦手って意外だよなぁ」
「そうか?」
「だっていつも美千瑠の攻撃避けてるだろ?」
「どんな基準だ。美千瑠の場合、モーションが大袈裟なんだよ。パンチするぞって気合もすごいから避けるのは容易い」
なんて会話をしながら歩いていると、ちょうど体育館の入口で美千瑠に腕をパンチされた。当然それは手加減されていて、全く痛いものではなかったが。
「ふっ、避けるのが容易いだなんてよく言えたね?」
美千瑠はドヤ顔を見せつけながら、結菜と共に体育館へと入っていく。
今日の体育は男女共にバレーボールで、体育館のコートを半分に仕切り男女別々に試合をすることになっている。
緑のジャージ姿に短い髪をちょこんと後ろで結った美千瑠は、こちらを振り返るとまたドヤっとした表情を見せる。
「小学生か、あいつ……?」
俺の零した言葉に、真宙が穏やかに笑う。
「ほんと、相変わらず仲が良……」
「その台詞は聞き飽きた」
真宙の口をさっと手でふさぎ、俺は食い気味に言った。
準備運動のあとは各々トス練習やパス練習をして試合に挑む。
女子も当然同じ流れで、美千瑠と結菜がコートに入っていくのが見えた。
「おっしゃ凍華! いっちょやりますか!」
「おうともよ!」
気合十分でコートに入った俺だが、先程のトス練習では当然のように前方に飛ばず、アタックは見事にネットに引っかかり、レシーブするために出した手がボールを受けることはなかった。……まぁバレーなんて出来なくても生きていけるし……。
体育教師が鳴らしたホイッスルによって試合が始まり、俺の頭上をボールが行き来する。
勉強はそこそこだが、スポーツは運動部以上にできる真宙にボールが集まり試合が進んでいく。こんなにも運動が得意なのに何故運動部に入らなかったのか不思議なくらいだが、真宙のことだから俺達との時間、ひいては結菜との時間を優先したのだろうと今なら思う。
トス、アタック、レシーブ、そしてまたトスを繰り返しているのを一応レシーブの姿勢で見守りながら、ふと女子バレーのコート内に視線を移すと、「美千瑠っ!」と声が聞こえ、ちょうど美千瑠にトスが上げられているところだった。
「OKっ!」と返事をし高く飛び上がった美千瑠は、ガラ空きのコートにバシンっとアタックを決める。
女子達がわっと歓声を上げ、「ナイスー!」「美千瑠ナイスーっ!」などと賞賛の声が上がる。
勉強はできない美千瑠だが、運動神経はものすごくいい。
おっとりとした結菜でさえ運動は人並み以上にできるので、四人のうちで運動が苦手なのは俺だけであった。……勉強は、俺が一番できるはずだ……。
そんな女子の盛り上がっている試合をなんとはなしに見つめていると、俺の視線に気が付いたのか美千瑠がぱっとこちらを振り返った。
視線が絡み合い驚いていたように見開かれていた瞳が、半月型に垂れる。
にっと笑った美千瑠は、俺に得意げにVサインを出していた。
すごいすごい、と拍手のモーションで返事をしていると、
「凍華っ!! 危ないっ!!」
といつもなら全く聞くことのない真宙の鋭い声が聞こえたかと思うと同時に、俺の顔面に激痛が走り、そのまま体育館の床に転がった。




