第10話 カップルと言うよりかはケンカップルって感じだ
1Aの教室に入ると、楽しそうに話していた真宙と結菜が、俺達に気が付いて手を振った。
「はよーっす! 凍華、美千瑠!」
「おはよう。凍華くん、美千瑠ちゃん」
二人はいつもと変わらない穏やかな笑顔を俺達に向ける。
「おはよう」
「おはよー!」
俺と美千瑠は自席に鞄を放ると、二人の席へと足を向ける。
「なんだよ、凍華と美千瑠が一緒に登校なんて珍しいなー」
にかっと爽やかな笑顔を浮かべながら、真宙が俺達をからかうように言った。なんてことない会話の取っ掛かりだと思うのだが、美千瑠は慌てたように顔の前で手をぶんぶんと振った。
「べ、別にその辺で会ったから仕方なく一緒に来ただけだし!? 凍華となんて全然仲良くなんてないんだからねっ!?」
美千瑠の返答に真宙と結菜は驚いたように目を丸くする。
「どうした? 急にそんなツンデレのテンプレみたいなこと言って?」
「美千瑠ちゃん、また凍華くんと喧嘩でもしてるの? だめだよ~仲良くしなきゃ」
「あっへっ!? け、喧嘩してるとかじゃないけどっ!?」
俺はジト目で美千瑠を見つめる。
こいつ、もしかして隠し事とか下手な質か?
いつも突っかかってくるわりにやけに素直なときもあるし、もしかしたら美千瑠は馬鹿正直なやつなのかもしれない。
俺と美千瑠が恋人ごっこを始めたことは、当然真宙と結菜は知らない。そもそも晴れて恋人同士となった真宙と結菜の前で、「俺達も二人が羨ましくて恋人ごっこ始めたんだ~」なんて、冷やし中華でもあるまいし、そう簡単に口に出来るものではない。は? なに言ってんだこいつら? と思われるのが関の山だろう。まぁ、真宙と結菜がそんな風に言わないのは分かっているのだが、内心「?」を浮かべるのは間違いない。
ほぼ美千瑠のお遊びに付き合わされているだけの俺だが、付き合いたての二人に気を遣わせたくないし二人の邪魔はなるべくしたくない。
仕方ない、と俺は小さくため息を零して美千瑠に助け船を出してやる。
「ああやれやれ美千瑠ちゃんってば本当に俺のこと大好きだなぁ~。でもごめんなさい」
いつかもした会話を振ってやると、美千瑠はむきになって返してくる。
「だから告ってもないのにフッてくるな!」
美千瑠の様子を不思議そうに見ていた真宙と結菜は、いつも通りの俺達のやりとりに顔を綻ばせた。
「ほんと、相変わらず仲良いなお前ら」
「だねっ、ふふ」
暇つぶし程度にしか考えていなかった美千瑠との恋人ごっこだが、なんだか骨が折れそうだった。
一限目の授業は数学。教科書に載っている練習問題を解く時間を与えられ、俺達は一様にノートにペンを走らせていた。
そんなところに、ぽとっと四角に折り畳まれた小さな紙がどこかから飛んでくる。
どこかからもなにもそれは隣の席からで、ぱっと顔を上げると、隣の席の美千瑠が四角い紙を指差していた。どうやら美千瑠からのお手紙らしい。
おいおいなんだよ、授業中に。
こういう小さな手紙? メモ? のやりとり、小学生の頃に流行ったような気がする。
バレたら当然先生に怒られるのだが、何故か授業中に手紙のやりとりをする者が多かった。そんなに緊急性があるわけでもないのにな。
俺はちらっと黒板前に立つ数学教師を確認する。次の説明の準備をしているのか教科書に目を落としてパラパラと捲っている。
俺はその隙に美千瑠から投げられた小さな紙を広げる。
そこにはピンクのペンで小さな丸文字が踊っていた。
『すき♡』
「………………」
はいはい、どうせ恋人同士はこういうやりとりしてるんだろうな、という美千瑠の妄想と偏見ね。
美千瑠が俺のことを好きになるわけがないと昨日よく思い知らされたので、特に動揺もない。
俺は練習問題を解いていたノートの右端を千切って、そこに返事をしたためる。
それを適当に折り畳み、数学教師が背中を向けたのを確認して美千瑠の机の上に放った。
美千瑠はすぐにそれを開けると嬉しそうに目を輝かせた。
『俺もすき♡』
そう書いた一通目に続き、もう一通放る。
『馬鹿なことやらせんな。授業中だぞ。俺を妄想に巻き込むな』
美千瑠のキラキラとした表情がすんと消え、無表情で何かを一心不乱に書いている。そうしてそれをまた四角に折ってこちらに放る。
『少しくらい付き合ってくれてもいいでしょ!? 少女漫画みたい! って感動したのに、本当に一言も二言も余計なんだから!!』
さっきとは打って変わって字からも怒りを感じられるほどに乱雑な筆跡。
俺もまたノートを千切って返信する。
『授業中はやめろ。先生にバレて悪目立ちしたくない。そもそもこんなやりとりの何が楽しいんだ』
俺の返事を読むと美千瑠もすぐに返事を寄越す。
『あんたそれでも私の恋人!? このドキドキ感が分からないなんて、価値観合わなさすぎ!』
『紙の上でもうるさいな。少しは淑やかな彼女になれないのか』
『は? なんで私があんたの好みに合わせなきゃいけないの?』
『今朝の恋人を尊重する話はどこへ行った?』
などとやりとりの応酬をしているうちに、俺の数学のノートの一ページは消え去っていた。
俺は頭を抱える。どうして美千瑠とはいつもこうなってしまうのだろうか。
カップルというよりも、これではケンカップルって感じだ。
「じゃあ、練習問題、前で解いてもらうぞー。桜咲」
「ひゃいっ……!」
数学教師に突然当てられた美千瑠は、素っ頓狂な声を出す。
「問1、黒板で解いてみてくれ」
「……はい……」
美千瑠は何故か涙目になりながら俺を睨み付けると、渋々黒板の前に向かった。
手紙のやりとりに夢中だった美千瑠は、当然練習問題を解いておらず、その回答はもちろん間違っていた。




