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第9話 残りものの俺達の恋人ごっこ 1日目


 美千瑠と「恋人ごっこ」、という名称だけ聞くとなんとも不純な遊びを始めた翌日の朝。


「よっ!」

「美千瑠?」


 朝七時五十分。都心から離れ、田畑の多い田舎へと向かう下り電車に乗っていた俺の目の前に、美千瑠が「おはよう~」とやや眠そうに目を擦りながら乗り込んできた。


 都心に向かう電車と比べ、俺達の乗る下り電車は通勤・通学ラッシュの時間帯と言えど座席の前に立っている人が数人いるくらいで、比較的いつも空いている。なんなら朝から座って行けることもざらにある。


「はよ。なんだよ美千瑠。朝から俺に会いに来てくれたのか?」


 俺は大体いつも降りた時にエスカレーターが近い車両に乗り込む。そして乗る電車の時間もいつも同じだ。美千瑠もそれは当然知っている。わざわざこの車両のこの時間に乗ってくるということは、俺に用があるのだろう。


 軽口を叩いてみれば、美千瑠は不気味なまでににこやかな笑顔を浮かべた。


「そうだよ。凍華と一緒に登校したくて」

「……は?」


 それなりに可愛い美千瑠から、そんなことを言われて内心動揺しかけたが、このあとの展開はよく分かっているし、そういえば昨日から俺達は恋人ごっこを始めたのだったと思い出す。


 美千瑠の表情が俺を馬鹿にしたものへと変わる前に、先に口を開く。


「ああ、そうだったな。俺達は恋人同士。恋人というものは仲睦まじく登校するものだよな」


 うんうんと強く頷いて見せると、美千瑠も俺の言葉に素直に頷いた。


「うん、そうだよ。そうだと思って少し早起きしたの」

「え、あ、そう……」


 いつものように「うざっ」と一言心底嫌そうに返してくるかと思っていた俺は、存外素直すぎる美千瑠の返答に逆に戸惑ってしまった。


「朝から好きな人と登校できるなんて、最高に幸せだろうなぁ~。凍華じゃ幸せ気分は全く味わえないけど、まぁ、こんな感じなんだなって感覚だけ味わえたし、よしとするか」

「うん……」


 ああ、よかった、この一言余計な感じ。いつもの美千瑠だぁ……。素直で可愛いなんて思う前にぼろを出してくれてよかった。


 若干の苛立ちを覚えながらも、俺と美千瑠は一緒に高校の最寄り駅をあとにした。




 高校までの道のりは、まるで何もないと表現するのが相応しいほどに何もない。


 住宅、道路、住宅、田畑、ときたまドラッグストア、住宅、といった感じで、面白いものは何もない。コンビニすら高校の隣までない。しかも学校まで徒歩二十五分掛かる道のりは、高低差が激しく、坂を上りまた下り、坂を上って俺達の通う高校である。もちろん高校の正門前に止まる路線バスも通ってはいるのだが、この時間は当然うちの高校の生徒でごった返しており、とてもじゃないが乗る気にはなれなかった。


 そんなわけで俺と美千瑠は、二人並んでのんびり歩きながら登校していた。


 恋人ごっこをしているとはいえ俺達は本当に付き合っているわけではないので、二人の間には人一人分くらいの空間が空いている。これが俺と美千瑠の心の距離を示しているとも言える。


「ねえ、凍華。なんか面白い話してよ」

「は? なんだその無茶ぶり」

「だって歩いてる間暇じゃん」


 俺達四人はいつも朝はバラバラに登校し、放課後は四人でこの道を歩くのだが、話題は大体真宙が振ってくれていて、俺達はそれになんだかんだ言いながら膨らませることが多かった。故に俺から何か会話の種を蒔くようなことはほとんどしたことがない。


 それに端から面白い話を要求だと? レベルが高いにもほどがあるだろう。面白い話をして、と言われてその人の好みの面白い話をできる人ってどのくらいいるのだろうか。芸人さんでも難しそうだ。


などとしょうもないことを考えていないで、何か話の種を振ってやろうじゃないか。簡単に断るというのも、なんだか美千瑠に負けた気がして嫌だ。


「そうだなぁ……」


 俺は歩みを進めながら思案する。


「高校生カップルは一年以内に別れることが多いらしい」

「は?」


「何かの雑誌のアンケート結果で見たんだが、勉強や部活、バイトや進路のことなんかがあって忙しい高校生は付き合っても長続きしないんだと。その他にも長続きしない理由としては、好きな人の前で猫を被ってるとか、本音で話せず無理をしているとか、理由は多岐に渡るらしい」


 俺の会話の種に、美千瑠は不快そうに眉間に皺を寄せる。


「仮にも恋人ごっこを楽しもうとしている彼女の前でそんな話する? しかも何かの雑誌のアンケートってなに? 昨日もそんなこと言ってたけど、凍華、どんな雑誌読んでるわけ? 全然面白くないし!」


 無茶ぶりしてきたくせに、ぼろくそである。さすがに言い返さずにはいられない。


「じゃあ美千瑠が面白い話してみろよ」

「えー? なんで私が? そういうのは彼氏の役割でしょ?」

「いやいや彼氏にそんな役割ねえよ。彼氏のことなんだと思ってんだお前」

「彼氏は彼女を楽しませるものでしょ?」


 偏見が過ぎる。女王様かよ。こいつのこの傲慢な謎の恋人知識はどこから得ているんだ。確かに好きな女の子であれば喜ばせてあげたいと思うものかもしれないが、この態度が気に喰わない。


「彼女ならもう少し彼氏に優しくてもいいんじゃないか? そもそもお前は彼氏に対して求めるものが多すぎる。妄想も大概にしとけよ、現実はそう甘くない」

「もっ、妄想!? ……た、確かに彼氏へのハードル上げすぎかもだけど……」

「ハイスぺ男はそうはいない。心に刻め」


 俺の言葉に不満そうに頬を膨らませる美千瑠。

 美千瑠は腕を組んで苦心していたが、渋々ため息と共に言葉を吐き出した。


「まぁ、そうね。私も彼女らしい振る舞いが足りなかったかも。ごめん」


 美千瑠は素直に頭を下げる。


 こいつ意外と素直なところあるんだよなぁ。


「……俺も言い過ぎたよ。ごめん」


 なんだか居たたまれなくなって、俺も同じように頭を下げた。


「ん! 彼氏彼女はお互いの尊重も大事! だもんね」

「ああ、そうだな」


 彼氏彼女以前に人に対して、主に俺に対しても尊重を大事にしてほしいところだ。


 そんなしょうもない会話をしていると、学校に到着した。


 なんだか普段一人で登校しているときよりもあっという間に学校に着いた気がする。もしかして俺、結構楽しかったのだろうか。


 昇降口で運動靴から上履きに履き替えていると、同じようにローファーから上履きに履き替えていた美千瑠がぽつりと言う。



「……なんだか今日、学校着くの早かったな……」



 呟かれた言葉に、性懲りもなく口元が緩んでしまった。




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