第9話「赤鎧隊長との一騎打ち」
火花が散った瞬間、全身が痺れるような衝撃が走った。
鍬と大斧がぶつかり合う音は、壁の根を伝い、砦全体に響き渡る。
「う、ぐっ……!」
腕が痺れ、膝が揺らぎそうになる。
だが背後には村人たちがいる。
ここで退けば、すべてが終わる。
赤鎧隊長は獰猛な笑みを浮かべた。
「なるほど。農具とは思えん力だな。だが所詮は土いじりの真似事。英雄の血を浴びた斧に勝てるか!」
斧が再び振り下ろされる。
空気が裂ける音が耳を打つ。
俺は鍬を横に滑らせ、斧を受け流した。
火花が飛び散り、根の壁が削れる。
すかさず【水やり】を放ち、土に力を与える。
裂けた根が瞬時に再生し、壁が補強されていく。
「なにっ……!」
赤鎧隊長の目がわずかに揺らぐ。
「ここは畑だ」
息を荒げながら、俺は言葉を吐き出す。
「耕した分だけ、強くなる!」
鍬を振り上げ、全身の力を込めて打ち下ろす。
水の糸が軌跡を描き、斧と鍬が再び激突した。
周囲で戦う傭兵や村人たちが、その光景に声を上げる。
「アレン様! 押してるぞ!」
「負けるな!」
その声が力をくれる。
世界樹の枝葉がざわめき、光の粉が降り注ぐ。
体が軽くなり、腕の痺れが和らいでいく。
「……これが、世界樹の加護か」
赤鎧隊長が苦々しく呟いた。
「だが、それに頼るだけなら脆い!」
彼は大斧を両手で握り、力任せに振り抜いた。
根の壁ごと吹き飛ばされ、土煙が舞い上がる。
俺は咄嗟に鍬を盾に構えたが、衝撃に押されて地面に叩きつけられた。
「アレン!」
カサンドラの叫びが響く。
村人たちの悲鳴が重なった。
視界が揺らぐ中、土の感触と水の匂いを感じる。
俺の掌は、湧き水に触れていた。
……そうだ。
俺はずっと、この水と土と共に生きてきた。
「畑は……裏切らない」
呟いた瞬間、水脈が震えた。
堀の水が高く盛り上がり、赤鎧隊長の足をすくう。
「ぐっ……!」
巨体がよろめく。
その隙を逃すものか。
俺は立ち上がり、鍬を振りかざした。
「これが……俺の剣だ!」
鍬の刃に水の糸が絡みつき、光を帯びる。
振り下ろすと、斧とぶつかり合い、金属が悲鳴を上げた。
だが今度は押し負けなかった。
赤鎧隊長の腕が震え、斧が大地にめり込む。
「馬鹿な……!」
「農具を、侮ったな」
俺は鍬を突き出し、彼の胸当てを叩きつけた。
衝撃で赤鎧隊長は後方に吹き飛び、根の壁に叩きつけられる。
兵士たちがざわめき、後退する。
赤鎧隊長は呻きながらも立ち上がったが、足元はふらついていた。
「この砦……いや、この畑は……化け物だ……」
彼はそう吐き捨て、部下に撤退を命じた。
兵士たちが退き、静寂が戻る。
村人たちが歓声を上げ、子どもたちが泣きながら笑った。
「勝った! 本当に守れたんだ!」
俺は鍬を地面に突き立て、荒い息を吐いた。
全身が痛みで軋んでいたが、不思議と心は穏やかだった。
世界樹の枝がざわめき、葉が舞い落ちる。
その光が俺の肩に触れ、優しく溶けていった。
「……ありがとう」
俺は枝葉にそう呟いた。
戦いは終わった。
だが、これは始まりにすぎない。
紅月国は必ず再び攻めてくる。
勇者リオンもまた、黙ってはいないだろう。
それでも、今日確かに証明できた。
俺たちは弱くない。
畑は砦になり、人々は守る力を手にした。
胸の奥に熱が宿る。
俺は鍬を握り直し、枝葉を見上げた。
「これからも……守り抜く。畑も、人も、世界樹も」
朝日が昇り、戦場だった大地を照らした。
新しい一日が、始まろうとしていた。
つづく。




