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最弱魔法で追放されたけど、田舎で畑を耕したら世界樹が芽吹きました  作者: しげみち みり


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第54話「エピローグ──座は残る」

1. 下山の道


 世界樹の根元で座が壊れた夜、俺は鍬を背に、道を下り始めた。

 拍はもう、未来からも過去からも返ってこない。

 ただ胸の奥で一度だけ、静かに「今」が鳴った。


 風が頬を撫で、足音は土に沈む。

 世界樹の枝は背後に揺れ、星は再び夜空に現れた。

 「……ここからが本当の旅だ」

 俺はそう呟き、半杭を腰に差し直した。


2. 無名の野にて


 砦と世界樹のあいだには、名を持たぬ野が広がっている。

 そこには規も座もなく、ただ風と土と拍の影があるだけだ。


 野営の火を囲み、俺は椀に少しの粥をよそった。

 湯気は未来から返らず、過去にも残らない。

 ただ、目の前の温かさとして胸に広がった。

 「粥がいい」

 声は誰にも届かず、夜の空気に溶けた。

 けれど、その言葉を支える拍は確かにここにあった。


3. 記憶の砦


 翌日、遠くに砦の影を見た。

 実際には戻っていない。だが記憶が影を作り、俺の足元に伸びていた。

 ロナの粉袋、カサンドラの板葉、ラグの鍬、ミレイユの譜。

 仲間の姿が影の中に浮かび、俺と共に歩いていた。


 「座は砦にあるんじゃない。砦が座を持っていたんだ」

 記憶が返す拍は、未来の返しや過去の残響よりも柔らかく、長く響いた。


4. 新しい座


 野を越え、小さな村に辿り着いた。

 そこにはまだ座がなかった。

 人々は声を返せず、影も残さず、沈黙ばかりが広がっていた。


 俺は半杭を一本打ち、布を広げ、鍬を地に置いた。

 「ここに座を作ろう」

 村人たちは戸惑いながらも集まり、粥を炊き、器を持った。

 声を出す者、沈黙で示す者、影を映す者。

 それぞれが不完全で、しかし不完全だからこそ座は結ばれた。


 「粥がいい」

 村人の声が重なり、湯気が布に影を落とした。

 新しい座が生まれた瞬間だった。


5. 未来への手紙


 夜、余白署の隅に紙を一枚挟んだ。

 宛て名はない。本文は途中で途切れ、最後の一画は薄く氷で止めた。

 「読まれないまま、未来に届いてほしい」

 その願いだけが紙に残った。


 火にかざすと、文字は影になり、梁へ移り、紙は白に戻った。

 「……これでいい」

 俺は紙を余白署に戻し、鍋の火を消した。


6. 子どもの声


 翌朝、村の子どもが駆け寄ってきた。

 「昨日の粥、おいしかった!」

 その声は未来でも過去でもなく、ただ「今」にあった。

 拍が返り、俺の胸に温かく残った。

 「粥がいい」

 子どもが笑って言い、俺も笑って返した。

 それだけで座は続いていた。


7. 世界樹の見守り


 旅を続ける中で、ふと振り返ると、世界樹の枝が遠くに見えた。

 その影は、まだ俺を見守っているようだった。

 未来でも過去でもない。

 ただ「今」を抱く影として。


 「座は残る。どこで壊しても、どこで作っても」

 俺は鍬を握り直し、歩みを続けた。


8. 最後の拍


 旅は終わらない。

 座は壊し、作り、返し、余す。

 未来から返る拍も、過去の残響も、今の粥も。

 すべてが一度きりで、すべてが繋がっている。


 「粥がいい」

 その言葉は世界のどこかで、誰かの胸に届く。

 そしてまた、新しい座が生まれる。


 ――座は残る。

 拍は続く。

 粥がいい。


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