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最弱魔法で追放されたけど、田舎で畑を耕したら世界樹が芽吹きました  作者: しげみち みり


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第46話「北東の森──重なり合う返し」

1. 森の入口――重なり合う影


 東方の丘を越え、さらに北東へ進むと、地形はゆるやかな森へと変わった。

 だが森の中に入った途端、俺たちは違和感に襲われた。


 一本の樹の影が、二重にも三重にも重なって地面に落ちていた。

 カイルが鍬で土を打つと、その音が「カン……カン……カン……」と同時に三方向から返ってきた。

 「一度の行為が、同時に重なって返る……」ロナが粉袋を抱え、耳を澄ます。

 湧き水の脈に掌を沈めると、指先に幾重もの脈動が同時に押し寄せた。強い脈、弱い脈、遅い脈、早い脈――すべてが重なって区別できない。


 「ここは……重なりすぎる」ミレイユが肩を震わせる。

 「重複を恐れず、むしろ重なりを束ねる席を作らねばならない」カサンドラが板葉に記した。


2. 森の村――多重の暮らし


 森の奥に、木々の影に隠れるように村があった。

 人々の言葉はいつも二重や三重に重ねられていた。


 「ありがとう、ありがとう」

 「粥がいい、粥がいい」


 一度だけでは不安で、重ねることでようやく意味を持つ。

 村長が言う。

 「ここでは一度の言葉が重なって返る。だから我らは自らも重ねるのだ」


 家は二重の屋根を持ち、窓も二重。扉を開けると必ずもう一枚の扉が現れる。

 「重ねねば、返しに押し潰される」


3. 席の試み――重なり合う座


 葦の脚を打ち込むと、地に刺さる音が三度に重なり、脚は揺れて立たない。

 布を広げると、影が二重三重に映り、布は重さで裂けそうになる。

 色鈴は一度鳴るだけで、三重の音が同時に耳を打ち、誰も拍を掴めなかった。


 「重なる返しをそのまま受け止めては壊れる」テールが糸を握る。

 「ならば重なりを編んで束ねるしかない」ミレイユが布を巻き直した。


4. 束ねの規


 一、名は二度以上重ねて呼び、重複で確かさを得る。

 二、粥は二重の器に盛り、二度に分けて食す。

 三、文字は二度以上重ねて署し、最後に余白を残す。


 試すと、村人の声が谷と同じように無数に返った。

 だが「粥がいい、粥がいい」と二度重ねると、返る声も二度に揃い、明瞭な響きになった。

 「粥がいい」

 重なりを束ねることで、声がひとつにまとまった。


5. 二重の粥


 粥を二重の器に盛る。外側は木の椀、内側は薄い白磁。

 まず外の器の粥を食べ、次に内側を口にする。

 「外は温かく、内はさらに深い」ロナが舌で味わう。

 「重なることで、味は層を持つ」


 「粥がいい、粥がいい」

 返る声も二度に揃い、森のざわめきと同調した。

 「粥がいい」

 二重の味と二重の声が、ひとつの温もりに変わった。


6. 森の盟


 席に刻む。


森の盟

一、名は二度以上重ねて呼ぶ。

二、粥は二重の器に盛り、二度に分けて食す。

三、文字は二度以上重ねて署し、最後に余白を残す。

四、重なりを恐れず、束ねてひとつにする。


 署名は二度書き、重ねた上に余白印を押した。


7. 王都と紅月の適応


 王都の官は記録を二度記し、二重に重ねて保管するよう改めた。

 「重複は冗長ではなく、誤りを防ぐ力になる」

 紅月の祈祷師は祈りを二度唱え、二重の声を束ねて捧げた。

 「一度の祈りでは霧散するが、重ねれば返る」

 森に祈りの声が重なり、やがて静かにまとまった。


8. 偽の一声


 夜、森の奥から「一度で足りる」と囁く声が響いた。

 若者が信じて一度だけ「母」と呼んだ。

 返しは無数に重なり、声は押し潰されて消えた。

 俺たちは急ぎ「母、母」と二度重ねて呼んだ。

 返しは二度に整い、母は子を抱きしめた。

 「一度では消える。二度でようやく残る」


9. 森の祠


 森の中央に祠があった。

 扉は二重で、内と外を重ねて開ける。

 中には二重の石盤があり、その上に二つの椀が並んでいた。

 俺たちは粥を二重の器に盛り、それぞれに一匙残した。

 祠は震え、森全体が「粥がいい、粥がいい」と二度響いた。

 やがて重なりが束ねられ、「粥がいい」とひとつの声になった。


10. 砦への返歌


 砦に戻ると、湧き水の脈は二度重なり、最後にひとつにまとまった。

 色鈴も二度鳴り、二度目の音が最も澄んでいた。

 「重なりは拍を濁さず、強くする」カサンドラが記した。

 「粥がいい、粥がいい」

 声は二度重なり、静かに温かさを残した。


11. 次の拍


 世界樹の枝葉が二度揺れ、幹が低く響いた。

 「南の海底……重なりも返しもすべて沈黙に呑まれる土地だ」

 ロナが粉袋を抱えた。「音も声も沈められる……粥で返せるのか」

 俺は椀を二重に分けて食べ、最後を残した。

 重なりは消え、胸にひとつの温かさが残った。

 粥がいい。

 束ねられた声が確かに返った。


つづく

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