第43話「南西の荒野──二度の裂け目」
1. 荒野の入口――裂ける大地
深淵を離れさらに南西へ向かうと、大地は乾ききって赤くひび割れ、空気は熱を孕みながらも冷たさを帯びていた。
やがて見えたのは、二筋に裂けた荒野だった。裂け目は平行に走り、まるで世界を二度に割ったかのようだ。
俺たちが一歩踏み出すと、大地が二度震えた。
最初の震えは足裏に直接届き、次の震えは遅れて胸の奥を揺らした。
「一歩が二度返る……」ロナが粉袋を握りしめる。
「二重の裂け目が、拍を二つに割るのだ」カサンドラが板葉を閉じた。
湧き水の脈に掌を沈めると、拍は確かにあった。だがその拍は二重に響き、指先に遅れてもう一度返る。
「ここでは一度の行いが、必ず二度に裂ける」ミレイユが息を呑む。
2. 荒野の村――二度生きる人々
裂け目の間に、小さな村があった。
村人は皆、二つの名前を持っていた。
「昼の名」と「夜の名」。
「ここでは一つの名だけでは足りぬ」村長が語る。「行いが二度に裂けるから、昼と夜で別の輪郭を持たねばならぬ」
彼らの家には二つの入り口があり、昼は東の扉、夜は西の扉を使う。
粥を食べるときも、必ず二度に分けて食す。
「一度では満たされぬ。だが二度に分ければ、ようやく拍が結ぶ」
俺たちが見守ると、子どもが母を呼んだ。
「かあ……」
裂け目に吸われて途切れ、数秒後に「……さん」と返った。
母は笑って抱きしめた。「一度で足りなくても、二度あればいい」
3. 席の試み――裂ける天板
席を出そうとした。
葦の脚を打ち込むと、一度は立ったが、すぐに裂け目に引かれて二度目に傾いた。
布を広げれば、風で揺れた後、裂け目の影に吸われて二枚に裂ける。
色鈴は一度鳴り、間をおいてもう一度鳴る。だが二度目は調子がずれていた。
「席が二度に裂ける……ならば二重の座を作るしかない」テールが緑糸を伸ばした。
「二度を恐れず、二度でひとつにする」カイルが鍬を支えた。
4. 二重の規
一、名は二度呼ぶ。昼と夜で輪郭を変える。
二、粥は二度に分けて食べ、最後の二匙を残す。
三、文字は二度書き、二枚の紙に重ねて署す。
「一度で終えぬ。二度でようやく拍が整う」
俺たちは規を試した。
村人が「粥が」と言い、裂け目が「……い」と返す。
次に再び「粥が」と言えば、裂け目が「……いい」と続ける。
「粥がいい」
二度の言葉が繋がり、ひとつの声になった。
5. 二重の粥
粥を炊き、器に盛る。
最初の半分を食べ、残りを十拍待つ。
次の半分を口にすると、味は変わらず、むしろ二度目の方が深い旨みを持っていた。
「……二度で完成する味だ」ロナが目を細める。
「粥がい……」俺が言い、裂け目が「……い」と返す。
もう一度「粥が」と言えば、「……いい」と続く。
「粥がいい」
二度目の声で、粥の温かさが胸に強く残った。
6. 荒野の盟
席に短く刻む。
荒野の盟
一、名は二度呼び、昼と夜で異なる輪郭を持つ。
二、粥は二度に分けて食し、最後の二匙を残す。
三、文字は二度書き、重ねて署す。
四、裂けることを恐れず、二度をもって一度とする。
署名は二枚の紙に記し、重ねて座に置いた。
7. 王都と紅月の適応
王都の官は帳簿を二部作成した。
一度目は昼に書き、二度目は夜に重ねる。
二重に記された数字は誤りなく、むしろ強固な記録となった。
紅月の祈祷師は祈りを二度唱えた。
昼は始めの節、夜は結びの節。
二度に分けられた祈りは、裂け目を渡り、ひとつの光となった。
8. 偽の一度
夜、裂け目の向こうから「一度で足りる」と叫ぶ声がした。
村の若者がそれを信じ、一度だけ名を呼んだ。
だが返りは途切れ、名は半分で消えた。
若者は混乱し、裂け目に引き寄せられた。
俺たちは急ぎ二度目の名を呼んだ。
「アリ……」
裂け目が「……ス」と返す。
「アリス」
名が繋がり、若者は救われた。
「一度で足りぬ。二度でこそ救いがある」
9. 荒野の祠
裂け目の中央に、石で組まれた祠があった。
扉は二枚重なり、片方だけを開けると中は空。
二枚同時に開くと、中には古い粥椀が二つ並んでいた。
ひとつは欠け、ひとつは無傷。
「二度のうち一度は欠ける。だがもう一度で補われる」
俺たちは粥を二つの椀に盛り、半分ずつ残した。
祠は唸り、裂け目が一瞬だけ閉じた。
その隙間から「粥がいい」という声が響いた。
10. 砦への返歌
砦に戻ると、湧き水の拍は一度打ち、遅れてもう一度打った。
色鈴も二度鳴り、最後にひとつの音に重なった。
「二度でひとつ……」カサンドラが記した。
「粥がいい」
二度の声が重なり、確かな温かさを残した。
11. 次の拍
世界樹の枝葉が、一度揺れ、次にもう一度揺れた。
「南東の谷……二度どころか、幾度も重なる拍が待つ土地だ」
ロナが粉袋を握りしめた。「多重の返し……粥で耐えられるだろうか」
俺は椀を両手で持ち、二度に分けて飲む。
味は重なり、心に深く響いた。
粥がいい。
二度を越えて、一度に戻る言葉だった。
つづく




