第37話「南西の荒火──焼ける席」
1. 灼けた地の入口
南西へ向かう道を越えたとき、まず目に飛び込んできたのは赤い空気だった。
風は炎の匂いを含み、足元の砂は踏むたびにぱちぱちと火花を散らす。
湧き水の脈を掌で確かめると、冷たさも温もりもなく、ただ焼けつく痛みが走った。
「ここじゃ音は燃える」ロナが短く息を吐く。
「重さも焼かれる」石守が掌を見せる。粉が熱で弾けて消える。
「返す前に燃え尽きるんだ……」カサンドラが眉をひそめる。
2. 焼ける試み
葦の脚を立てても、根元から焦げて崩れた。
色鈴を吊るせば、一拍目で溶けて歪む。
布を広げれば、炎の風にちぎれて灰になった。
「なら、燃え残るものを探せばいい」カイルが鍬を砂に突き立てる。
砂は火花を散らしつつも、深く掘れば黒く冷たい層がある。
「……ここだ。焼けても残る層がある」
テールが砂を固め、粘土を練り、焼き土台を造った。
熱で崩れる代わりに、焼かれて硬く残る席。
3. 灼土の規
試作の席に規を定める。
一、置く――粘土に掌を押し、焼け跡を残す。
二、座る――粥を砂に埋め、熱で蒸して食す。
三、返す――焼け跡を削り、土に混ぜ直す。
試すと、掌の跡が真っ黒に焼け、残る。
削れば灰になり、粘土に戻る。
「……返せる」ミレイユが頷いた。
4. 荒火の民
炎の中から、一団が現れた。
裸足で砂を歩き、体中に焼き紋を刻んでいる。
声を出さず、掌を粘土に押しつけ、焦げ跡を残す。
彼らの長が言う。「焼け跡は誓い。灰に戻すのが返し」
俺たちの規と、荒火の民の掟は同じだった。
5. 粥を蒸す方法
荒火の地では、鍋を火にかければ一瞬で吹きこぼれる。
そこで、砂に粥を埋め、熱で蒸す。
土器の蓋をしてしばらく待てば、柔らかく甘い粥ができあがった。
「粥が……いい」
カイルが口に含み、砂の甘みを噛みしめた。
ロナが微笑む。「火も、粥を焼き尽くせない」
6. 灼火の盟
余白署に、荒火の民も印を刻む。
印はインクではなく、焼き跡。
灼火の盟
一、掌を焼き跡に変えて置く。
二、粥を砂に埋めて蒸す。
三、焼き跡を削り、灰を土に返す。
焼けても、返せる。
炎は掟を奪えなかった。
7. 試練の火口
だが、奥に火口があった。
吹き上がる炎はすべてを呑み込み、焼き跡も灰も残さない。
荒火の長は言った。「ここで席を置ければ、本当に誰のものでもない」
俺たちは挑んだ。
土を積み、粘土を重ね、火口の縁に席を造る。
掌を押し、粥を埋め、灰を返す。
炎は吹き上がり、席を舐めた。
しかし、黒焦げの跡が土の奥に残った。
「返せた……!」ミレイユが息を吐いた。
火口の炎は一瞬だけ、弱まった。
8. 荒火からの返礼
荒火の民は火口の灰を器に入れ、俺たちに差し出した。
「この灰は、返しの証。どの席でも、返せるように」
俺たちはそれを余白署に塗り込み、次の地への符にした。
9. 次の拍
砦へ戻る道すがら、焼け粥を分け合った。
香ばしい匂いと甘みが混じり、疲れが抜けていく。
湧き水に掌を沈めると、冷たさと熱さが一緒に返ってきた。
「粥がいい」
「粥がいい」
氷原も、荒火も。
誰のものでもない席は、冷たさも灼熱も抱いた。
次は――西の渦潮だ。
水が返しを呑み込み、底なしに回す土地。
粥の匙を握りながら、俺たちは歩き出した。
つづく




