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最弱魔法で追放されたけど、田舎で畑を耕したら世界樹が芽吹きました  作者: しげみち みり


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第31話「南──祭の席(まつりのせき)」

1. 南風の渦


 翌朝、砦の広場にいつもの粥の香りが立ちのぼると同時に、甘い匂いが混じった。

 柑や蜜、焼いた穀の匂い――南のものだ。湧き水の拍は温いが落ち着かず、どこかせかされている。

 ロナが眉根を寄せる。「拍そのものが“はしゃいでる”。……祭の土地の癖だ」

 カイルは地図を叩いた。「南には環状の街がある。年中どれかの区画で祭が続く“巡り市”。王都は税を取りやすいと喜び、紅月は祈りが集まりやすいと笑う。――だが、名も掟も、すぐ“混ぜられる”」


「混ぜられる前に、席を混ぜ方の外に出そう」

 俺は鍬を担ぎ、葦と石と布を荷へ分けた。湿原・高地・海・山・空で得たやり方を、祭の渦に持ち込む。

 「合言葉は?」とラグ。

 「粥は昼だ」俺は笑う。「夜は踊れ。だが、昼は粥。――腹が“まっすぐ”になる」


2. 巡り市の門


 環状の街は五つの区画でできていた。

 花、舞、火、酒、かけ。そのどれかが常に主役で、他の区画が脇を支える。

 門をくぐると、太鼓と笛と笑い声が一斉に押し寄せる。香と油の匂いが重なり、耳の縁がほてる。


 出迎えたのは市の「囃子頭はやしがしら」だった。

 背に小太鼓、前に笛、足に鈴。息継ぎも踊りも全部のせの化け物みたいな人だ。

 「名? 要らねえよ」彼は笑い、俺の肩を叩く。「ここじゃ名は歌詞ことばに混じる。――食うか、飲むか、踊るか?」


「座る」

 俺が答えると、囃子頭の笑いが半拍だけ止まった。「……座る?」

 「座って混ぜ方を決める。混ぜる前に“”を置く」

 彼は目を細めた。「面白え。を置ける奴は、祭りを焦がさねえ」


3. 祭の「


 通りの真ん中に、板を二枚。

 脚は車輪。止めれば席、押せば屋台。

 天板の周りに鈴の輪を吊るし、風と人の流れで小さく鳴るようにした。鳴った分だけ拍を抜く仕掛けだ。


 のりは四つ。

 一、席の前では太鼓を打たない(手拍子は可)。

 二、名は**紐札ひもふだ**に書いて吊るす(声は混ぜず、布に預ける)。

 三、取引・誓い・口約は、粥の時間(正午)に限る。

 四、祭の歌は夜、席は昼。――混ぜてはならない。


 囃子頭が肩を竦める。「太鼓を止める場所なんざ、ここにゃ無かったな」

 「だから作る」カサンドラが札束を掲げる。「太鼓の止む“間”がある祭は、長く続く」


 昼前、試しに席を押してみた。

 屋台の列の間にすべり込み、鈴の輪がしゃらと鳴る。

 嘘みたいだが、太鼓の波がほんの一瞬、遠のいた。

 人の声がふっと落ち、腹の音が前に出る。

 「……腹が空いた」誰かが言い、周りが笑った。――それでいい。昼に腹を思い出せるなら、夜の火は上がり過ぎない。


4. 混ぜ過ぎの徴


 午後、火の区が主になる。

 炎の柱が立ち、踊りが火に寄る。

 そこへ紅月の祈祷師が「火を増やせ」と札を流し、王都の徴税官が「杯を重ねよ」と声を張った。

 祭は増幅が得意だ。うっかりすれば、一息で過剰へ跳ぶ。


 鈴の輪が急に鳴らなくなった。

 音が厚くなりすぎて、細い鈴の声が埋もれたのだ。

 ――混ぜ過ぎの徴だ。

 「席を押せ!」

 ラグが車輪を蹴り、俺とカイルで天板を押し込む。

 人の流れが割れ、席の前だけ一呼吸の空白ができる。

 ミレイユが低い輪唱を一度だけ落とし、ロナが湯気の立つ鍋を持ってきた。

 「粥は昼!」

 笑い混じりの野次が飛ぶ。だが、鍋のにおいが炎のにおいを一瞬追い払う。

 その“瞬き”ひとつで、踊りの列が半歩下がった。

 火は上がり、しかし張りつめない。


5. 祭の悪喰い(わるぐい)


 夕方、賭の区が主になる。

 サイコロ、札、見世物の口上。

 聞き覚えのある陰書かげがきが札の裏から覗いていた。

 『守り人、祭りに口出す』『粥で火を消す』『席で財布を盗む』

 雑な煽りだが、祭の渦では塩気になる。のどが渇き、人は酒に手を伸ばす。


 テールが陰書をつまみ、緑糸で鮮やかにほどいた。

 「ここは陰を混ぜる場所じゃない。混ぜるなら笑いだ」

 囃子頭がひょうきんな面を被り、陰書を即興の囃子詞に変える。

 「守り人、粥が好きだとさ!」「粥がいいとも!」

 客が返歌し、太鼓がトンと落ちる。

 陰は“悪喰い”の口へ入り、笑いに消化された。

 ロナが呟く。「悪喰いが効くうちは、祭は生きてる」


6. 王と紅月、席でぶつかる


 粥の時刻、王都の徴税官と紅月の祈祷師を席へ呼んだ。

 「祭の増幅は、税の増収だ」

 「祭の増幅は、祈りの増幅だ」

 どちらも“増やせ”しか言わない。

 カサンドラが札束を逆さに置く。「増やす前に、混ぜ方の間を置け。――“鳴り鈴協定”だ」


鳴り鈴協定/巡り市条

一、鈴が三拍続けて聞こえないとき、太鼓は一拍落とす。

二、粥の湯気が合図の時刻、売買の呼び込みは半声にする。

三、誓いは昼のみ有効。夜の口約は朝の席で“寝かす”。

四、陰書は囃子詞へ転写する。名なき陰は笑いで食う。


 徴税官は渋い顔で署名し、祈祷師は扇で口元を隠しながら印を押した。

 彼らも、昼に粥を食えばわかる。腹が落ちると、刃も祈りも角が取れる。


7. 夜の跳ねすぎ


 夜は舞の区。

 踊りは見事で、足拍が軽く、衣が風を切る。

 だが、跳ねすぎは落ちを呼ぶ。

 鈴がまた鳴らなくなり、火の区の残り火が煽られそうになった瞬間――

 闇の隅で、誰かが刃を抜いた。

 札束が飛び、歓声が尖り、拍が切れる。


 ラグの大きな手が刃を抱え、テールの緑糸が座らせる。

 ミレイユの輪唱が半拍だけ高くなり、観客の視線がそちらへ泳ぐ。

 俺は鍋を掲げ、囃子頭が太鼓を裏打ちに変える。

 太鼓が「押し」から「揺らし」に変わるだけで、滞った群衆の息がほどけた。

 刃は笑いの唄に吸われ、陰書は新しい囃子詞に溶けた。


 囃子頭が面を外し、席の端で深く息をつく。「太鼓だけじゃ足りねえ。……確かに、間がいる祭だ」


8. 誓いのくるま


 翌朝、席に車輪の封印を付けた。

 封印といっても止めるためでなく、止め方を決めるための印だ。

 鈴が三拍鳴らないと、封印の印板が色を変える。

 色が変わったら誰でも車を押し、席を“間”へ差し込める。

 「誰のものでもない動力」――市の子どもが笑いながら押すのが一番効いた。


 加えて、皿の札を作った。

 誓い・取引・許可・否の四種。

 粥の時刻に皿へ札を置き、粥を二口すすったら、札はひっくり返す。

 裏面には必ず余白。――後から混ぜられるための“余白”だ。

 カサンドラが言う。「“完了”という言葉は祭に向かない。余白が祭の安全弁になる」


9. 市を出る儀


 三日目の昼、巡り市の中心で「市を出る儀」が行われた。

 名を紐札で吊るし、鈴の輪を一度静め、粥を皆で二口。

 囃子頭が太鼓を一打だけ遅らせ、その遅れをもって区画の主役を「花」へ戻す。

 舞は終わり、火は落ち、賭は昼寝に入り、酒は水を混ぜる。

 祭は続くが、いったん下がる。――これが“続ける祭”の技だ。


 囃子頭が席の前で頭を下げた。

 「を教わった。太鼓で穴は埋められるが、間は太鼓で作れねえ。席は太鼓の外にある」

 ロナが笑って返す。「太鼓は夜、席は昼。どっちも要る」


10. 王都と紅月の“昼の署名”


 戻ろうとしたとき、徴税官が呼び止めた。

 「昼の署名を、王都でもやる。……夜の口約を、朝に“寝かす”」

 祈祷師も続く。「紅月の大祭でも『粥の時刻』を設ける。祈りの熱を、鈍火に落とす」

 俺は頷いた。

 「席は誰のものでもない。けれど、昼の署名と粥の時刻は、どこでも効く」


11. 置き土産と返礼


 席の図と鳴り鈴協定、皿の札の束、車輪封印の印板――全部を一まとめにして、市の文庫へ置いた。

 代わりに市から受け取ったのは色鈴。

 赤は火、青は水、白は花、黒は賭、金は舞。

 「色は混じる。――だが、鈴は鳴り方で見分けがつく」囃子頭が言った。

 砦へ持ち帰れば、広場の“間”をさらに細やかにできる。


12. 帰還と粥


 砦に戻ると、広場の粥はすでに湯気を立てていた。

 色鈴を鈍火の梁に下げると、風も無いのに小さく鳴った。

 「南の息がついてきた」カイルが笑う。

リオンはまだ王都だが、境席に彼の筆跡で短い紙があった。

 『昼の署名、王都で通り始めた。太鼓の代わりに鐘を一打遅らせる手もある』

 ミレイユが色鈴の鳴りを聞き、輪唱を半拍だけ遅らせる。

 広場に、祭の夜ではない昼の拍がしずかに満ちた。

 「粥がいい」

 言うまでもなく、皆が言った。粥は祭を奪わない。祭に間を与える。


13. 次の拍──境の外側


 湧き水に掌を沈める。

 東の潮、西の返り灯、北の冷え、南の温さ、地下の静けさ、空の視線。

 それらが同じ鍋の粥みたいに、中央でゆっくりと混ざっている。

 その混ざり目の外側――境のさらに外で、薄いざわめきが起きていた。

 王でも紅月でもない、祭でも戦でもない、けれど物語を作りたがる、遠い書き手のざわめき。


 カサンドラがつぶやく。「“語りの外”が、こちらを覗いている」

 ロナが粉袋を握る。「語られる前に、席を置くしかない」

 ミレイユが色鈴を撫でる。「その席は、歌でも布でも石でもない。……読まれ方を決める席」

 ラグが鍬を肩に乗せる。「読まれ方を耕すのか」

 俺は笑った。「耕せる。耕すほど、腹が減る。――粥がうまい」


 世界樹が眠たげに鳴り、色鈴が五つ、順にちりんと応えた。

 誰のものでもない席は、まだ増やせる。

 祭は続くが、間も続く。

 それが、俺たちの勝ち続け方だ。


つづく

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