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最弱魔法で追放されたけど、田舎で畑を耕したら世界樹が芽吹きました  作者: しげみち みり


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第30話「地下──無音の席」

1. 無音の予兆


 砦の湧き水に掌を沈めたとき、いつもの脈が不思議に途切れた。

 音も光もなく、ただ“途絶”の気配だけが返ってくる。


「……地下だな」

 ロナが粉袋を握りしめる。「根よりも下。土の底に、祈りも灯も届かない層がある」

 カイルが鍬を肩に担ぎ直す。「声も届かねえし、光も届かねえ。どうやって席を置く」

 ミレイユが袖を揺らし、笑った。「なら、触れる拍だよ。手の感触で刻む」


 地下に潜ることを決めた瞬間、砦全体が静かになった。

 誰も口に出さないが、胸の奥では皆が同じ不安を抱いていた。

 音も光も届かない場所に降りたら、自分の存在すら消えてしまうのではないか。


2. 地下への道


 村外れに広がる石灰岩の丘を掘り進める。

 先頭はラグが鍬で土を割り、テールが緑糸を巻いて後を追う。

 糸は地下の湿りに張りつき、道しるべとなる。


 やがて、空気が急に変わった。

 呼吸はできるのに、音が吸われる。

 足音も、鍬が岩を叩く音も、胸の鼓動すらも、耳に届かなくなる。


「無音の層だ……」

 カイルが唇を動かすが、声が消えた。

 ミレイユは手を取り、四拍のリズムを指先で刻む。

 舌打ちも歌も使えない。

 頼れるのは、手と手の触覚だけだった。


3. 地下の民


 暗闇の奥に、淡い灯りがあった。

 近づくと、それは灯火ではなく、白い手形だった。

 壁一面にびっしりと押された無数の手形。

 まるで「ここにいた」と叫ぶように。


 その奥から、影のような人々が現れた。

 肌は土のように白く、声を持たない。

 代わりに、互いの掌を重ね、拍を伝え合っていた。


「彼らは……声を失った地下の民か」

 ロナが震える手で粉を落とす。

 粉はすぐに土に吸われ、跡すら残らない。


 彼らは言葉を持たない。

 だが、手と手を触れ合わせ、拍を渡してくる。

 その拍は鈍く、しかし確かに「ここにいる」と告げていた。


4. 無音の席


 広場のような空洞に着くと、地下の民は石を積み、板を模した。

 それが彼らの「席」だった。

 声も光もなく、ただ石の冷たさと掌の感触だけが規だった。


 俺たちはそこに並び、彼らと同じように掌を重ねた。

 一、二、三、四。

 指先が合うたびに、存在が揺るぎなく刻まれる。

 「……これが、無音の席」

 ミレイユの唇が動く。声にはならないが、確かに伝わった。


 規は三つ。

 一、声を使わない。

 二、光を使わない。

 三、掌で名を置く。


 地下の民は掌を押しつけ、名を刻んでいた。

 名は音ではなく、光でもなく、触覚の記憶として残った。


5. 王都と紅月の干渉


 そのとき、地上から振動が伝わった。

 王都の祈祷師と紅月の使者が、地下へ降りてきたのだ。


 王都の祈祷師は、鈍火を掲げた。

 「光を持ち込めば、闇は退けられる」

 だが、光は地下の壁に吸われ、ほとんど届かない。


 紅月の使者は太鼓を叩いた。

 「音を轟かせれば、無音は破れる」

 しかし、音は層に呑まれ、一瞬で消えた。


 地下の民は動じない。

 ただ掌を合わせ続け、拍を刻む。

 俺たちも彼らに倣い、声も光も使わず、手と手を重ねた。


 「ここでは王も紅月も通用しない……」

 シアンが震える文字を板葉に刻む。

 「規はただひとつ。触れることだ」


6. 掌の誓盟


 地下の民と共に、石の席に掌を押しつける。

 掌が離れると、石の表面に白い跡が残った。

 それが名の代わりだった。


 我らは誓盟を刻んだ。


無音の誓盟

一、声を使わず、掌で拍を伝える。

二、光を持ち込まず、掌の跡を名とする。

三、外の掟は届かず、ここでは触覚のみが規となる。


 王都も紅月も抵抗したが、地下では旗も冠も意味を持たなかった。

 結局、彼らも掌を押し当て、跡を残すしかなかった。


7. 地上への返歌


 砦に戻ったとき、掌の跡を写した拓本を持ち帰った。

 広場の席に置くと、不思議なことにその跡は淡く温かかった。

 火ではない、光でもない、ただ誰かの存在だけが残っていた。


 「粥がいい」

 ラグが椀を掲げ、仲間たちも笑った。

 声を失った地下の民も、きっと粥を食べているはずだ。

 触覚の記憶が、それを教えてくれた。


8. 次の拍


 夜。湧き水に掌を沈めると、脈が強く、次の方向を示した。

 それは――南。

 温さの中に、奇妙な渦がある。

 「南は……祭だ」ロナが囁く。「祭にすべてを呑まれる土地。喜びも怒りも、ひとつにかき混ぜる」

 「祭なら楽しいじゃねえか」ラグが笑う。

 だがロナは首を振った。「過ぎれば、名も掟も呑まれる。……粥さえ呑まれる」


 湯気の中で、俺は鍬を置き、呟いた。

 「次は、祭をどう耕すかだ」


つづく

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