第3話「勇者の剣と世界樹の影」
リオンの剣が夕陽を反射し、赤い光を俺の顔に浴びせた。
その瞬間、背後で息を呑む音が連鎖する。村人たちだ。老婆も、子どもも、旅人も。皆が俺を見ている。
勇者は英雄だ。
魔王を討つために選ばれ、神々の加護を持つと称される存在。
その剣が、今は俺に向けられている。
かつての俺なら、膝を折り、ただ受け入れるしかなかっただろう。
だが――。
世界樹の枝葉がざわめき、光の粉が舞った。
その温かさが背中を支え、膝が折れるのを防いだ。
「ここは俺の畑だ」
声は震えていたが、それでも出せた。
「追放された俺が、やっと見つけた居場所だ。……お前に奪わせない」
リオンの目が細まり、笑みが深まる。
「ならば、力を示せ。無力のまま俺に逆らうなら、世界樹ごと潰す」
言葉と同時に、剣が閃いた。
鋭い光の軌跡が、目の前に迫る。
咄嗟に鍬を横に構える。
金属音が耳を裂き、腕が痺れた。鍬の柄がきしみ、今にも折れそうだ。
「……っ!」
押し込まれる。勇者の腕力は圧倒的。
だがそのとき、地面から振動が伝わった。
世界樹の根が鳴り、俺の足元を支えるように土が隆起する。
押されていた力が和らぎ、鍬が折れずに済んだ。
驚いたのはリオンも同じらしい。わずかに剣先が揺らぎ、俺は必死に距離を取った。
「アレン!」
カサンドラの声が飛ぶ。
「時間を稼げ! ここで勇者に屈すれば、王国の権威は地に落ちる!」
彼女の言葉は鋭かったが、俺の胸を燃やすには十分だった。
俺は勇者に勝つために剣を振るうわけじゃない。
ただ、この場所を守るために立っている。
掌を湧き水にかざした。
【水やり】の魔法を発動する。
一筋の水が走り、地面に染みる。
すると、そこから一斉に草花が芽吹いた。茎が勇者の足元を絡め取る。
「っ……!」
リオンが剣を振り払うが、切っても切っても新たな芽が伸びる。
それは攻撃ではなく、防壁だった。
村人たちの間から声が上がる。
「見ろ! 畑が勇者を押し返している!」
「アレン様だ! 樹と共に戦っている!」
その声は波となり、兵士たちの耳にも届く。
リオンの配下の中にも、わずかに動揺が走った。
勇者は顔をしかめる。
「……なるほど。お前は、世界樹に選ばれたのか」
言葉には苛立ちと、ほんの少しの畏れが混じっていた。
彼は剣を下げ、背を向ける。
「だが、覚えておけ。世界樹の力は必ず奪う。魔王を討つために必要なのだからな」
軍列が砂煙を立て、ゆっくりと退いていく。
残されたのは、俺と村人たち、そして世界樹のざわめき。
力が抜け、膝をついた。
鍬は折れかけていたが、まだ握れている。
老婆が近寄り、俺の手を取った。
「ありがとう。あなたが守ってくれた」
子どもたちが世界樹の影で笑う。旅人たちが祈りを捧げる。
胸の奥に温かいものが広がる。
――ここはもう、ただの荒野じゃない。人々の希望の場所だ。
カサンドラが静かに告げた。
「アレン。お前は今や、王国にとっても無視できぬ存在だ。……覚悟しておけ」
俺は頷き、枝葉を見上げた。
世界樹の影は広がり続けている。
「俺は守る。畑も、人も、樹も。……ここで、生きる」
そう誓ったとき、葉のひとひらが肩に落ち、優しく溶けていった。
つづく。




